第7話:居場所
朝靄の残る訓練場に、銃声が鋭く響いた。
パン、パン、パンッ──。
「百発百中……だと?」
教官が思わず声を漏らす。訓練用ライフルから放たれた赤いインク弾は、次々と標的の中心に吸い込まれていた。
「化けもんかよ……」
「まだ10歳らしいぞ」
「嘘だろ、あんな手首で反動抑えてんのか……」
周囲の訓練兵たちがざわつく中、セレスタイトは無言でライフルを下ろした。額には汗が滲み、肩で息をしている。だがその瞳は、どこまでも冷静だった。
「……次」
教官が一瞬だけ息を呑んだ。
「おいおい……お前、どこまでやる気だ。もう休んどけ、十分だ」
セレスタイトは短く頷くと、銃を丁寧に整備台に戻した。
「セレスタイト! すげーな、あれ全部当たってたろ!」
「最初の何発か、少しズレた」
「嘘つけ、どこがだよ!」
笑い声が飛ぶ中、 セレスタイトは答えず、ただ視線を流した。
その後、訓練場の隅にある水飲み場で一息ついていると、後ろから軽い声がかかった。
「やるじゃん、ちびっこ狙撃手」
振り返ると、ミレーユ・カーミラが立っていた。
ミレーユは手を腰に当てて笑った。
「地磁気だの潮の流れだので、再生スピードって全然違うらしいんだよね。 私は今回はすごく普通に育ってるみたい。11歳くらい。そりゃ前線なんて無理って言われるわけだ」
そして、セレスタイトを見て肩をすくめる。
「でもさ、あなたを見てると、年齢って何だろうねって気がしてくるよ。ほんと、反則」
「お前の人生は長いんだ。そんなに焦らないでゆっくり訓練していればどうだ?」
「ふーん。意外と優しいんだ。そりゃみんなに好かれるわけだよね~、実力だけじゃなかったか」
──
訓練は日を追うごとに厳しくなっていった。
年齢を考慮した特別な扱いはなかった。むしろ彼の実力が知れ渡るにつれ、課せられる内容は容赦がなくなった。
だがセレスタイトは、どんな時でも声を上げなかった。
どれだけ転んでも、どれだけ骨にひびが入っても、彼は立ち上がった。
「……なんだ、あいつ」
「才能って、ああいうのを言うんだな」
周囲はざわめいた。
訓練生でありながら、大人以上の動きを見せるその姿に、誰もが目を見張った。
「セレスタイト、手、大丈夫?」
休憩中、ミレーユが擦り傷の多い手を見て声をかけた。
「平気だ。これくらい、貧民街にいた時の方が酷かった」
その言葉に、ミレーユは少し目を伏せてから、小さく笑った。
「……それ、ちょっと泣ける台詞ね」
セレスタイトは何も言わず、視線だけを別の方向へと向けた。
「……ここは違う。少なくとも、飯は出るし、背中を蹴飛ばしてくる奴もいない」
「ふふ、軍にしては褒めすぎじゃない?」
「俺にとっては、それだけで“居場所”だ」
どれだけ辛くても、ここには食事があって、誰も自分を蹴らない。それだけで、十分だった。
ミレーユの頬に、かすかな安堵の色が差した。
それが彼の本音だと、ちゃんと分かったからだ。
──
その夜、セレスタイトは支給されたベッドの上で毛布を被りながら、天井を見上げていた。
遠くから、まだ賑やかな談笑の声が聞こえる。
「……悪くねぇな、ここも」
誰に言うでもない小さな声だった。
彼は目を閉じた。
まだ軍人になったばかりの少年は、少しだけ誇らしげな顔で、静かな眠りに落ちていった。
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