四日目

四日目の朝、遥は俺のことを――覚えていた。




「おはよう、瑞樹くん!」




 満面の笑顔。自然な声。名前の呼び方も、昨日と変わらない。


 安堵と喜びが一気にこみあげてくる。




 ……でも。




 俺は気づいていた。


 その笑顔の「違和感」に。








 ◇ ◇ ◇








「今日行きたいところ、決めてあるんだ。ついてきて!」




 遥が連れてきたのは、少し遠くにある公園だった。


 春に二人で花見に来た場所――だと、俺は覚えている。


 でも遥は、その「記憶」を一言も口にしなかった。




「見て、ブランコ!」




 彼女は子どもみたいに笑いながら走っていく。


 一瞬、本当に記憶をなくした子どもを見ている気分になる。




「ほら、座って!となり!」




 仕方なく並んで座ると、彼女は足をぶらぶらさせながら言った。




「こうして並んでるの、なんか初めてな気がするね」




「……前にも来たんだよ、ここ。花見で」




「あ、そっか……そうなんだ」




 遥の返事は、あいまいだった。


 そこに“思い出の匂い”は、なかった。








 ◇ ◇ ◇








 夕方。公園を出た帰り道。


 遥が、不意に立ち止まる。




「……ねえ、瑞樹くん。ちょっと聞いていい?」




「うん?」




「私がさ――誰かを好きだったって話、したことある?」




「……え?」




「なんかね、今日、ふと考えてたの。“初恋”ってやつ、私にもあったのかなって。でも、どんなに思い出そうとしても、真っ白で。名前も顔も、まるで消しゴムで消されたみたいに、ないの」




 俺は息を呑んだ。


 遥の目が、まっすぐ俺を見ていた。




「……もしかして、その相手って――俺じゃないかって、思った?」




「……うん」




 遥は、少しだけ笑った。でもそれは、泣きそうな笑顔だった。




「けどね、そうだったとしても、私は“好き”って気持ちがわからない。いま私が抱いてる感情が、“記憶の残骸”なのか、“今”の気持ちなのか……わかんなくなってきてるの」




「……それでも、俺は――」




 言いかけて、飲み込む。


 今ここで告白するのは、フェアじゃない。


 彼女は今、想いを探している途中なんだから。




「……ごめん、変なこと聞いた。忘れて」




 遥はふっと笑って、歩き出す。




「あと一日かあ……やだな、終わっちゃうの」




 その背中が、少し遠く感じた。




 彼女はきっと、“記憶”の中の恋と、今の恋の違いを見極めようとしている。


 でも、俺にとってはもう答えはひとつだ。




 俺は、今の遥が好きだ。忘れても、何度でも好きになる。








 でもそれを伝えられるのは――


 最後の日、たった一度だけ。

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