7月5日木曜日2

「うまく行き過ぎているヤツ?」

「考えてよ。小川君を事故らそうという発想ができる人だよ、ソイツ……自分のために、似たようなことをやってるよ、多分」

「そうかな」

「そうだよ。だって、自分に置きかえて考えてみて。真琴は未来ラジヲで最初にどんなリクエストをした?」


 ちょっと考える……ふりをした。はっきり覚えているが小川の目の前で、最初のリクエストを言うのが恥ずかしい。が、小川の視線が真琴に向いている。言うしかなかった。


「お昼をおごってもらった」

「そうでしょ。私だってそう……臨時収入のリクエストをした。最初は試すのよ。例えば、真琴が嫌いなヤツがいるとして、お昼をおごってもらったリクエストの後に……嫌いなヤツを正確に事故らせるリクエストをする自信ある?」

「……ない」

「でしょ。リクエストしたら、その通りのことが起きるってことが分かっていたとしても、どのように書けば、正確にリクエストが伝わるかっていうのは、試してみないとわからないわけじゃない?」

「そっか……確かに、実際に自分でリクエストしたり、他のリクエストを聞いてみないとわからないよね。じゃあ、いきなり事故のリクエストはないってこと?」

「うん、ないというよりは、できないと思う。だけど、あのリクエストは自信を持って小川君を狙ったものだった。ってことは、一度、それに近いことをしている……まあ、小川君を狙ったものかどうか確定しているわけじゃあないけどね」

「怖っ。そんなヤツ、お友達になれないわ」


 そう言いながら、真琴はちらりと小川の顔を見る。小川は少し考えている素振りを見せた。その後、小川は「リクエストは何回でもできるのか?」と聞いてきた。

 明日香が「ひとり5回までよ」と返事をする。

「そっか……ってことは、俺を狙っているヤツは、少なくとも3回はリクエストをしているということか」

 小川は、真琴と明日香に見えるように指を折りながら「お試しの1回目、他の事故で1回、俺の事故で1回の3回だな」とこちらを見る。

 明日香は頷いた後、口を開く。

「そうね。ただ、私が考えているヤツは、4回は使っていると思う」

「それ誰よ……」と真琴は明日香に聞いた。

だが、横で小川が「うまく行き過ぎているヤツで事故か……アイツか?」とつぶやいた。


 明日香がにこりと笑う。


「さすが、小川君。ラジヲを聞いていないのに。鈍い真琴とは違うわね」

「え……え? わかったの、なんで?」

「わかるわよ。未来ラジヲのルールと、この状況から考えると簡単に想像できるわ。捕まえに行く?」

「いや。それはやろうと思えばいつでもできるから、あとでもいい。それよりも神花堂に行ってくる」

「あ、それはいいかも。神花堂に行って、こんなくだらないリクエストを止めさせる?」



 それはいいかもしれない。

 真琴は、神花堂の商品棚の様子も思い出した。明日香の言葉に続く。



「確か、まだポストカード1枚残ってたはずだわ」

真琴は神花堂を出る直前、未来ラジヲにアクセスするためのポストカードが1枚を残っているのを見ていた。


「たぶん、それはもう残っていないとは思うけど……よし。じゃあ、みんなで行こうか。小川君、私たちもついて行ってもいい?」と明日香が明るい声で言った。

「あ……ああ、いいよ」

小川君の返事が一瞬詰まった。ほんの一瞬だけ、困った顔をしたような気がするが、すぐにいつも通りに戻っていた。


「じゃあ、一緒に……」と明日香が口にした時、「ああ」と大げさに声を上げた。目の前で手を合わせて、頭を下げた。


「あたし予定あったんだった。小川君、真琴をお願いね」

「え?」


 狙ったような明日香の急用。こんな時でも、策士明日香の悪いクセというか、明日香好みの方向に誘導されている気がする。明日香は顔を上げた時、申し訳なさそうな顔をしているが、口角の両端が上がっている。

 小川の手前、嫌がるもの変だ。

 明日香は笑みを浮かべながら、真琴の方に顔を向ける。


「まだ、真琴にも詳しく話できていないんだけど……いい人がいるの。今日その人と会うのよ」

「あ、前にラジヲでリクエストした?」

「そう。『付き合えますように』ってリクエストはしているけど、さすがに、ラジヲのリクエストだけじゃあ……ね」


 確かにありえなくはない予定である。本当に予定があるのかもしれない。だが、それをわかっていたうえで、一緒に行こうと言い出したのは間違いない。


「小川君、真琴をお願いしていい?」

「え、ああ、もちろん」

 小川もうなずいた。

「じゃあ、小川君、後はお願いします。真琴、後でちゃんと報告してよ」



 ……何の報告よ。



 明日香は満足そうな顔をしている。

「じゃあ、授業が終わってから……」と小川は真琴の方に視線を向ける。

「えっと……どこで待ち合わせにしよっか?」と真琴は平然なふりをしているが、自分の口から言葉ではないような感覚に陥っていた。意識がふわふわとしている。

「そうだな。どこにしようか……あ、もしよかったら、携帯番号交換してくれないか」


 小川の言葉に真琴は慌ててスマホを取り出し、番号を交換した。チャットアプリのアカウントも交換した。



「じゃあ、また、後で……」と、小川が先に離れていった。


 真琴は手を振り、しばらく放心状態になっていた。あの小川君と携帯番号の交換をした。チャットアプリのアカウントも。いつでも連絡が取りあえる関係になったという事実。

 隣で明日香が笑っている。明日香はここまで読んでいたのだろう。スマホの画面を見る。間違いなく小川の名前と番号が登録されている。


 校舎内に予鈴が響く。

 明日香が席を立ったことで、真琴は、講義が始まるのを思い出し、慌てて立ち上がった。



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