7月5日木曜日3

 夕方。真琴のスマホが鳴動した。チャットアプリの通知。小川からだった。『大学の正門で待ってる』と書かれてあった。



 小川の姿。


あの小川君が私を待ってくれている。少し先で、小川君が遠くを眺めている。その姿がまぶしく見えるのは私だけだろうか。

小川君を待っているところに、私が声をかけるなんてところを、他の女子に見られると、噂がたちそう……



真琴はそんな妄想をしながら、小川の所に駆け寄った。

「ごめん、最後の授業が長引いちゃって……」

 まるで恋人のようだ。でも、恋人のようだというだけでであって、小川君には全く近づけていないのはわかっている。


「いや、全然待ってないよ。それより……」と小川は、真琴にだけ分かるように指をさした。


 小川の指の先、そこには高木がいた。その隣には恋人の前園。2人は楽しそうにこっちに向かって歩いてくる。派手なファッションの高木に、対照的な清楚な服装の前園。いやでも目立つ。2人も授業が終わり、大学を出るのだろう。

 真琴は距離が近くなった高木と目が合った。高木の視線は、まず小川を見、再びこちらに視線が戻ってきた。その眼光は鋭く、睨むというよりは、私の品定めするように、視線が顔から始まり、足先まで舐めるように動く。その後は視線を外し、何事もなかったように前を通り過ぎていった。



「南さんが言ってた『うまく行き過ぎているヤツ』だ」

「え? 高木君が?」

「おそらく。俺はその……未来ラジヲ聞いてないから、どんなリクエストがされてて、どんな感じで進行していくのかわからないけど……だけど、南さんの考えがあっているのであれば、アイツだと思う。もし、あいつが前園さんを手に入れたいと思ったら……」

「恋人だった山田君が邪魔?」

「前のあの恋人、山田って言うんだ。俺、名前までは知らないけど、あのカップルは学内でも有名だったよな。友達のいない俺でも知っている。



 友達がいない? そんなはずないじゃん……

 真琴はそう思いながら、小川の次の言葉を待った。



「その山田って、たしか事故ったんだよな」

「あ……あれってリクエストだったの?」

「さあ……だけど、リクエストならばできるんだろ? 南さんが言った通りならば、1つ目のリクエストは半信半疑なお試しリクエスト。2つ目は山田の事故。3つ目は前園さんと付き合う。4回目は、成功した実績のあるリクエスト……俺の事故なんだろうな」

「でも、なんで小川君が」

「さあ? 俺、アイツとしゃべったこともないんだけどなぁ」


 小川が苦笑いをする。


「まあ、どちらにしても、藤本さんが助けてくれたんだよね? 俺の事故」

「え、いや。私はリクエストしただけで……」


 真琴の言葉に、小川が笑う。が、すぐに真剣な表情に戻った。


「ありがとう。だけど、俺、マズいことをしたのかもしれない」

「え、なにを?」

「アイツに、藤本さんと一緒にいるところを見られた。もしかしたら、藤本さんが未来ラジヲのリスナーだってことに勘づくかもしれないだろ?」

「あ……そうか。私が小川君の事故を阻止するリクエストをしたって思っちゃうかもね。じゃあ、私のラジヲネームも……」

「ラジヲネーム?」



 さすがに、真琴のラジヲネーム『ショートカット軍曹』の説明は恥ずかしい。これだけは、小川君に知られてはいけない。



「ううん。なんでもない、なんでもない」と、手を横にふった。

「どちらにしても、今日、俺が神花堂を誘わなければ、こんなことにならなかったかも……」

「気にしない、気にしない。ついて行くって言ったのは私たちだから。それに、私はあと1回リクエストできる。仮に、高木君が私を狙ったとしても、阻止できるから問題ないよ」

「でも、なんでもリクエストできるんだろ? 貴重な1回だよな?」

「確かにそうだけど。でも、まあ、私はそこまでガツガツといけないんだよね、リクエスト。なんとなく嫌っていうか……」

「そうか? 俺はリクエストできるって、うらやましいと思うけど。まあ、いいか。人それぞれだし……それじゃあ、店に行こうか」

 そう言い、小川がゆっくりと歩き始めた。真琴もあとに続いた。




 あの神花堂へ続く通路があるアーケード街に入った。

 ここに踏み入れるころには会話がなくなっていた。真琴は小川の少し後ろを歩く。2人で歩く。


 何の話をしよう……。


 真琴そんなことを考えながら歩いた。考えれば考えるほど、何をしゃべっていいのかわからなかった。これまでいくつか準備をしていた話のネタもすでに尽きている。その後は、もう、何も思いつかなかった。


 小川君は何を考えているのだろう。

 私のことをつまらない女とか思っていないのかな。


 歩数を増やすごとに、真琴の中の不安がつのっていく。男と2人っきりで歩くという経験がないので、この状態を打開する方法もわからなかった。



 前を歩く小川は振り返り、真剣な顔で言った。

「いくよ」

 いつの間にか、あの自動販売機の前に到着していた。

 小川は自動販売機の横の通路を進んだ。少しサビたコインロッカーの奥。鉄の扉に手をかけ、躊躇することなく扉を引いた。


 鉄の扉をくぐる前に、小川がこちらに顔を向けた。

「よくこんなところに入ってきたよな。俺だったら、多分、行かないよ」

 そう言って、小川が少し笑みを浮かべた。


 少し救われた気がした。

 小川は細い路地を歩いていく。

 真琴は小川の背中を追いかける。もう、変なことを考えずに、とにかく小川の背中を眺めながら追いかけ続けた。




 目の前が開けた。その先に神花堂が見えた。

 また来るとは思ってなかった。前を進む小川は躊躇することなく店の引き戸を開いた。



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わくわくどきどき未来ラジヲ のらすけ @norasuke321

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