7月5日木曜日1

「いやよ。せっかくの小川君とのデートのチャンスじゃない。なんであたしが……」


 露骨に嫌な顔を見せる明日香。だけど、こんな状況でひとりにされたくない。


「明日香、昨日『そんなこと言っている場合じゃない』って言ったよね。何をするかわからない相手がいるんだから。明日香に言われて、小川君と話したんだよ。明日香も協力してよ」

「でも、真琴、リクエストしたじゃない。大丈夫と思うよ」

「大丈夫と思うじゃあだめ。昨日、ラジヲで言ってたじゃない。事故は起こるって」

「でも、リクエストには応えるとも言ってたわよ」

「だめ。とにかく一緒に来てよ。それに、私、何を話していいかわからないし」

「そんなの、あたしなんかもっとわからないわよ」

 真琴は、ぐずる明日香の腕をつかんだまま、引きずるように連れて行った。



 小川との待ち合わせ場所。

 学食スペースのテーブルのひとつを陣取った。朝から解放されている学食スペース。この時間はさすがに人が少ない。

目の前に小川。真琴の隣には明日香。いやでも目立ってしまう。人が少なくて本当に助かった。

 小川は何も気にしている様子はなかった。席を立ち、自動販売機でアイスコーヒーを人数分買ってきてくれた。

「あ……ありがとう」

 真琴は小声で言った。その様子を見て、さっきまで嫌がっていた明日香がニヤニヤしている。でも、放置されてひとりにされるくらいならば、このニヤニヤだって耐えてみせると心の中で誓う。


 小川が席に着く。

「こちらこそ、ありがとう。こちらの方が……」

「真琴の友人で南明日香です。私も未来ラジヲを聞いてるひとり」

「ってことは、神花堂も」

「ええ。真琴と行ったわよ。しかも、小川君、見ちゃったし」と明日香は笑みを浮かべる。



 おいおい、小川君を誘惑するような笑みを浮かべてどうする……



 真琴は少し焦る。が、小川は何も気にしてない様子で「そっか。見られたか……南さんもありがとう」と頭を下げる。

「明日香でいいわよ。あ、もちろん、この子も藤本さんじゃあなく、真琴でいいからね」

「ちょっと……」

 真琴は困った顔をした。だが、下の名前で呼ばれると照れてしまいそうだが、あこがれはある。拒絶はできなかった。

 だが、目の前の小川は変わらなかった。

「藤本さんにも言ったけど、俺は2人が聞いている未来ラジヲを知らないんだ」

「あたしも真琴から聞いたわ。まだ見ぬ誰かか、『リトルプリンス』が小川君だと思っていたんだけど……」

「リトルプリンス?」

 理解ができていない小川に「ラジオネームのこと」と真琴が言葉をはさむ。真琴の言葉になるほどと頷いた。

「じゃあ、誰が小川君を狙ったのか……だよね?」

 そう言って、明日香が手帳を開いた。

「そういえば、昨日も何かメモっていたよね」

「うん。あたしなりに情報の整理を……」

 真琴は手帳を覗き込んだ。文字が乱雑に並んでいたり、矢印を引いたりしている。


「実は、小川君を狙ったヤツ。検討はついているんだけど、決め手に弱くって……」

 明日香は鞄からたばこを取り出す。

「明日香、ここはダメだよ」

「あ、そっか……でも、考え事をするときには、たばこが一番なんだけどなぁ」

 明日香がたばこを戻す。その動作を眺めながら小川が口を開く。

「なあ。未来ラジヲって神花堂が紹介したアプリだったよな」

「うん」と真琴が返事をする。

「そのラジヲを聞いているリスナーというか、リクエストを出しているヤツは何人いるんだ?」

「あ……」


明日香が目を丸くした。


「5人だ……そうだよ、5人だよ。5人しかリクエストできないんだから。だったらアイツしかいないじゃん。なんで、気づかなかったんだろ」

 明日香がひとりで納得しつつ、肩を落としていた。真琴は全く分からない。でも、その前に……


「なんで5人ってわかるのよ」

「あそこにいたガキが言ってたじゃない。ポストカードは全部で5枚発行しているって」



 そうだっけ?



 目つきの悪い子供の顔ははっきり覚えている。が、そんなことを言ったかどうかは覚えていない。

「間違いないよ。5枚よ」と明日香が釘をさした。

 小川はコーヒーをひと口飲んだ後、「ガキって神花堂の子供か? あの子供が店主らしいぜ」と言った。

「え?そうなの?」

「ああ。俺も詳しくは知らないが、あそこの親父さんから聞いたんだよ。神花堂の商品を作れない限り、一人前として認めてくれない。認めてくれなければ、店主にはなれない。あの親父さんは、目つきは悪いが、人当たりも良く、接客業向きだと思うが、商品が作れないらしい」

「息子は作れるってこと?」

「ああ、だから、親父ではなく、息子が店主になったみたいだ」

「じゃあ、小川君も、あのガキが作ったものを買ったってわけ?」と明日香が間に入ってきた。

「え、まあ、そんなところ……かな」


 しどろもどろになる。多分、聞いてほしくないらしく「俺のことは、いいよ。それで、なにかわかったのか?」と話題を戻した。


「あ……ああ、そうね」と明日香が残念そうに返事をする。言葉を続けた。

「多分、わかったわ。最近、うまく行き過ぎているヤツが、未来ラジヲで小川君を狙ったヤツだと思うわ」



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