7月4日水曜日3
夕方。真琴は、バイト先で小川の姿を見つけた。
「おはようございます」
真琴が挨拶をすると、小川もいつもと変わらない様子で「おはようございます」と言い、バックヤードへ入ろうとしていた。
「あ……あの……」
真琴の声は届かず、小川はそのまま奥へ入っていった。
そのまま業務時間に突入した。小川の様子はいつもと変わらない様子だった。もともとクールなイメージで、表情だけでは感情が読み取りにくい。だが、小川が持っている容姿と雰囲気で、男女問わず、小川のことを悪く言う人はいない。バイト仲間ともいたって普通にやり取りをしている。
今日も平常通り。普通に仕事中、私とは仕事上だけのやりとりをし、時々、パートのおばちゃんの黄色い声援のようなものを耳にするくらい。時間が経っても、何も変わらない。
真琴は焦っていた。
リクエストのことに気づいていないのであれば、伝えないといけない。聞いていないのであれば、教えてあげないといけない。バイト終了の時間が近づいてくる。小川と話をしないといけないのに、その時間が無くなっていった。
ふと小川の周りに人がいなくなった。客もいない隙間が生まれた。
……ここしかない。
真琴は、一歩踏み出した。
「小川君」
小川が振り向いた。
「はい。あ、藤本さん」
一瞬、客と思ったのか「はい」と返事した小川君に心が奪われそうになる。客はなんと幸せなのだろう。だが、そんなことを考えている場合ではないと、妄想をかき消した。
「小川君、未来ラジヲ聞いた?」
意を決して……言った。言い切った。
だが、意外にも小川は首を傾げる。
「未来ラジヲ? なにそれ」
知らない? いや、絶対そんなことはない。知られたくなくて、とぼけているのかもしれない。そうは見えないけど。
「あの……神花堂の……」
神花堂の言葉に小川が目を丸くした。
「神花堂を知っているの? なんで、俺……。いや、今は、ダメか。バイトの後って時間がある?」
あのお店の名前を出しただけで、小川が予想以上の反応を見せる。反応というには生易しい。完全に動揺していた。
その様子を見て、逆に真琴が慌てた。小川の言葉に小刻みに頷いた。
「じゃ……じゃあ、あとで……」
小川が自身の腕時計を見た。持ち場に戻ろうとした時、商品棚に足を引っかけ、少し商品が落ちた。すぐに拾い上げ棚に戻していた。
真琴はまずいことを言ったのかもしれないと、少し後悔した。でも、絶対に伝えないといけないということは理解をしている。
バイトが終わり、小川と2人で近くのコンビニに来た。小川が「どっちがいい」と、お茶とジュースを買ってきた。
「どっちでも」
「いいよ、先に選んで」
「じゃあ……」といって、お茶を受け取った。
このまま、たわいもない話が気軽にできればと思いつつも、今は、そんな話にきたのではないと頭を切り替える。
「早速なんだけど、藤本さん。なんで、神花堂を知っているの」
問い詰めるというよりは、恐る恐るといった感じで小川が聞いてきた。小川のいつものイメージとは少し違う。
「実は、小川君が神花堂を入っていくのを見て……」
小川を尾行したことは伏せて、偶然、路地に入って、神花堂にたどり着いて、小川が店に入っていったところを見かけたと説明した。明日香の作った台本通りに。
「そっか……見られていたか」
小川が少し顔をしかめた。
「小川君も、未来ラジヲを聞いているの?」
「いや、俺は未来ラジヲっていうのは知らない。藤本さんは、あそこの子供にその未来ラジヲを買わされたのか?」
真琴は、小川の「買わされた」という言葉に引っかかった。小川は他の物を買わされたのだろうか。
「買ったわけでないけど……もらったというか、押し付けられたというか」
「ああ、押し付けられたか。それは俺と同じだな。でも、お金をとられなかったのか……」
そう言って小川はジュースに口をつけた。
「俺は、未来ラジヲは持っていないが……その未来ラジヲと俺が何か関係あるのか?」
「うん。信じてもらえないかもしれないけど……」
「いや、俺はあの神花堂がどういう店かわかっているから。おかしな内容だったとしても、藤本さんの話を信じるよ」
小川君の「信じるよ」の言葉に、撃ち抜かれそうになる。真琴は正気を保てと自分に言い聞かせる。
真琴は未来ラジヲの話をした。アプリを登録した人は、毎晩放送される『わくわくどきどき未来ラジヲ』という番組内で5回のリクエストができること。真琴は、友人の明日香と参加していて、実際、リクエストすると本当にそのリクエストが叶ったこと。昨日のリクエストで小川が狙われたこと。
「俺が、明日事故をする?」
言葉とは裏腹に、小川の表情は冷静だった。
信用してくれなかった……
うまく説明できた自信はない。だが、小川の表情を見るとわかる。
真琴は「小川君、だから、明日……」と慌てて言葉を追加しようとした。声が震える。言葉が詰まる。
そんな真琴を見ながら、小川は「大丈夫。信じるよ」と言ってくれた。だが、その表情は焦った様子もなく、いつも通りだった。
小川は言葉を続ける。
「で、この後、俺はどうなる? どうしたらいい?」
「今夜、私が小川君の事故を阻止するリクエストをするの。でも、気を付けてほしいの。私もどうなるかは……」
「わかった。ありがとう。でも、なんで俺が狙われるんだろう」
「わからない。誰が狙っているのかも……」
小川は腕を組み何かを考えている。そのあと、スマートフォンを操作したあと「藤本さん、明日の講義って何を受けてる?」と聞いてきた。
「小川君と同じ」と言いそうになった。そう言ってしまうと、まるで小川をストーカーしているように見られそうなので、講義名を言った。
「じゃあ、明日は同じスケジュールだね。よかったら、明日、学校で話せない。その友達も一緒に。できればもっと詳しく教えて欲しい」
断る理由がない。大変な状況なのに、心臓が高鳴る自分がいる。
「わかった。友達も誘っとくね」と言葉を返し、小川と別れた。
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