6月30日土曜日11時13分
真琴は急いでいた。
文乃、明日香の2人とファミレスで約束をしていた。
定期試験まであまり時間がないため、文乃のノートを写しつつ、お昼を一緒に食べようという提案を真琴がしていた。だが、その約束の時間をすでに10分は過ぎていた。
ファミレスに飛び込み、文乃と明日香を探す。文乃はすでに飲みものを取り、本を読んでいた。明日香の姿はまだなかった。
うん……想定範囲内。大丈夫、言い訳は準備している。
真琴は文乃がいる所まで早歩きで行き、文乃の対面の席に滑り込むように座った。
「ごめん、文乃。本当は間に合っていたんだけど、すぐそこで大名行列に巻き込まれちゃって……」
「はいはい」
文乃はこちらを見ることなく、軽い返事をしただけだった。手にはいつもの本、星の王子様。
真琴は、文乃の機嫌を取るように「明日香は?」と聞いた。遅刻の原因を明日香に擦り付けたい。
「大名行列じゃない?」
「遅刻するなんて最低なヤツだ」
文乃がこちらを見る。その視線が冷たい気がする。が、いつものことだ。店員を呼び、フリードリンクを注文した。
文乃と話をしながら待つこと、さらに10分。明日香が疲れた顔をして姿を現した。
「明日香、言いたいことは?」と真琴が真っ先に声をかける。
「いや、お婆さんが……」
真琴は明日香の言葉を遮り「その手口は3年も前に使ったわ。そんな言い訳、もう文乃には通じないわよ」と首を横に振る。
「違うのよ」
明日香はそう言いながら、お礼と書かれた封筒を机の上に置いた。
明日香が「開けてもいいよ」と言い、真琴はその封筒の中身を取り出した。中には1万円が5枚入っていた。
お婆さんと5万円。この2つを繋げるものといえば……
真琴は明日香の方を見た。
「明日香、自首をしよ。私、ついていってあげるから」
明日香ではなく、文乃が「はぁ?」と反応した。
「真琴、さすがの明日香もここまではしないよ」
文乃の言葉に明日香が「文乃、ここまでってどういうことよ。どこまでならするってこと?」と言葉を返した。明日香は言葉を続ける。
「私は騙してもいないし、詐欺もしていない、強盗もしていない。ここに来る途中で、目の前でお婆さんが転んだのよ。大事はなかったんだけど、荷物も多かったから家まで送ってあげたら、お礼にって」
「でも、そんなウソぽい話……あるかな?」
文乃の言葉に、真琴はうんうんと大きく頷く。
「問題はそこじゃあないの。真琴、昨日もらったポストカード読んだ?」
「ポストカード?」と真琴は首を傾げる。
「はあ? 昨日の今日でもう忘れたの? あのお店でもらったポストカードよ」
ああ、読まずに家の机の上に置いた気がする。
「その顔は間違いなく見てないわね。あのポストカードは『わくわくどきどき未来ラジヲ』っていうアプリの広告なんだけど、本当に起きたんだよ」
「ちょっと……何の話?」と、文乃が口をはさむ。
「昨日、お店でポストカードをもらったのよ」
「あのさ……真琴。そんな説明で伝わると思う?」
少し興奮気味の明日香は、昨日、真琴と2人で神花堂というお店に行ったことを文乃に説明した。明日香は気を使ってくれたのか、小川を尾行したことは伏せたままにした。
「ふーん」と文乃のリアクションが冷たい。
「で、そのポストカードに書いている通りに、アプリをダウンロードしたら夜の11時45分に通知があって、アプリを開いたわけ。ラジオ番組が始まっちゃって……」
「ラジオでしょ? そういうアプリあるじゃない」と文乃が口をはさむ。
明日香は首を横に振る。
「あとで調べたわ。ないよの。このアプリで流れている『わくわくどきどき未来ラジヲ』って番組が。ネット上にも情報がないの。このアプリは、他のチャンネルへの変更ができなくて、この番組だけ受信できるみたい。放送時間が終了すると、アプリ自体は立ち上がるけど、ほとんどの操作ができないの。できるのはリクエストの操作だけ。で、放送内容もおかしいのよ。あ、ちょっと待って……ポストカード持ってきてるから」
そう言って、明日香はバッグからポストカードを取り出した。
わくわくどきどき未来ラジヲ。これでアナタの未来はエキサイトに。
『わくわくどきどき未来ラジヲ』当該サービスのご検討ありがとうございます。下記に記載しておりますアドレスか、スマートフォンで二次元バーコードを読み込んでいただき、アプリケーションをインストールしていただきますと、毎日23時45分から24時までの15分間、当該サービスをご利用の方のみ視聴可能な特別なラジヲ放送をご利用することができます。また、そのラジオのリクエストコーナーに投稿していただくことで、おひとり様につき5つまで、どんなリクエストでも対応させていただきます。詳しくは、アプリケーション内に記載しておりますので、そちらをご覧ください
「なんか、怪しいわね」
文乃がため息まじりに相槌を打った。
「でも、せっかくタダでもらったし、ヒマだし、おもしろそうだったからインストールしたのよ。そしたら、これよ」
5万円の入った封筒を指さした。
「まさか、そんな怪しいラジオに投稿したの?」
文乃が目を丸くする。
「そのまさかよ。なんとなく5万円が欲しいって投稿したらこの通り」
「ラジオ局から振り込まれたんじゃあなくて……お婆さん?」
「そう。お婆さんから手渡しよ。私がリクエストして、実際にお金を手に入れておきながら……私自身もわけがわからないのよ。たしかに、お婆さんに手を貸したわ。このお礼も断ったけど、服が汚れているからクリーニング代にもらってって。断り切れなくってさ」
「なんか古いミステリー小説みたい」と文乃が顔をしかめる。
文乃の言葉に、そんな小説あるの? って聞きたいところを真琴はぐっとこらえた。口をつぐんだまま、明日香の方に視線を向けると「でしょ」と頷いていた。謎の一方通行な意気投合。
文乃はそのポストカードにスマートフォンを向ける。が、怪訝な顔をする。
「エラーになるわ」
「そうなの。実は、ここに来る前に他の人にも試してもらったんだけど、ダメなのよね。よく分からないけど、他の人に使えないようにするセキュリティみたいなものがはいっているんでしょうね」
「ふーん」と文乃はポストカードをテーブルの上に置き、明日香の方に寄せた。
「真琴。あんたもポストカード持っているでしょ。試してみな。おもしろいから」
「じゃあ、帰ったらダウンロードしてみるよ」
「そうね。あ、小川君はどんな願いをしているのかな?」
「え?」と真琴の顔が引きつった。
……こいつ、ここでぶっこんできやがった。
その横で「え?どういうこと?」と文乃が目を丸くした。
「実は、この神花堂ってお店に行った理由が小川君なのよ」
「真琴のお気に入りの? どういうこと?」
それがね……と、明日香と文乃の2人で、小川の話で勝手に盛り上がり、時間が過ぎていった。
定期テスト用のノートを書き写すのが目的だったのに……
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