6月29日金曜日6


 吊り上がった目。細く鋭利な印象を受ける。こういうの三白眼っていうんだっけ。黒目が小さく、どこか怖い。

 真琴の目の前に立つ中年の印象だった。

 そんな目を持つ中年男の営業スマイル。異質だ。いろんな意味で怖い。


「さっき、知り合いがこの店に入ってきたと思うんだけど」

 明日香はとぼけて話しかけた。こういう時の明日香は頼もしい。

「ああ、若い兄さん?」

 真琴は、視線を店の奥に動かした。目の前の中年の男の言葉ではなかった。若い……いや、子供っぽい高い声が店の奥から聞こえてきた。奥から10歳くらいの男の子が出てきた。この子の目も鋭い三白眼。絶対、このふたり親子だ。


「で、何の用?」

「こら、康介。お客様にそんな言葉づかいはいけません。ああ、お客様、申し訳ありません」

 父親が頭を下げた。

「いいです、いいです。気にしませんから。ボク、そのお兄ちゃんは何しに来たのかな?」

 明日香の言葉に、康介と呼ばれた子供が鼻で笑う。

「お姉さん。個人情報とか、プライバシーって言葉知らないの? 言えるわけないじゃん」


 うっ……と、明日香が言葉に詰まった。予想外の反撃に思考がついていかなかったようだった。

「こら、康介」と父親が叱る。だが、康介はそっぽを向く。


 父親の方が「スミマセン」と深々と頭を下げる。そのあと顔を上げて言葉を続ける。

「ここは見ての通り雑貨屋です。ただ、少し特殊な商品を扱っています。そのため、康介……息子の言う通り、身内の方や恋人、ご友人の方……近しい人と言えども、どういう商品を購入されたか、どういう用件で来られたかという内容は、他の方のお話をすることはできません。ただ、ご友人の方はお困りになられたことがあったから、このお店で購入された……と、ご理解ください」

「困ったこと?」

「はい、当店は悩みがある方やトラブルに巻き込まれた方、もしくは、これからそういったことが起きる方が訪れるお店なのです」

「じゃあ、私たち知り合いが困ったことがあるから、ここに来たってこと?」

「はい。もしくは、これから起きる何かがあるから当店にたどり着いたのだと思います。お客様おふたりも、お知り合いの方と同様、何かうちに秘めたものがあって、ここに来られたではないのですか?」


 真琴と明日香は顔を見合わせた。

「私たちも?」

 さすがに、小川を尾行してきたとは言いづらい。明日香もその言葉は出さなかった。


「はい。ここに訪れることができるのはそういう方だけです」

 真琴は、中年の男から視線を外し、宙に浮かせた。

明日香が、「そりゃあ、悩みが全くありませんっていうと嘘になるけど……困ったことがある方が訪れるか。何かある、真琴?」と真琴に視線を向けた。



私はアンタに困っているよ……と心の中でつぶやいた。



「あ、もしかして……おふたりはご友人が心配でついてきただけですか? であれば、ここのお店にご縁がないかもしれませんね」と父親が笑う。

 が、間髪入れずに康介が「そんなことはないよ。例外はない」と口をはさむ。

「お姉さんたちが、気づいてないだけだよ」

 そう言って、康介が店の少し奥にある商品棚の所で何かを手に取った。それを真琴と明日香にそれぞれ差しだした。康介の手にあったのはポストカードだった。


「康介、それは……」

「オヤジは黙ってろよ。店主はオレだ。オレの判断に間違いはない」

 康介は父親に一瞥をした。父親は、それ以上、何も口出ししなかった。

この態度もだが、それ以上に子供の方が店主だということに真琴は驚く。

「お姉さん。そのポストカードはうちの商品だ。全部で5枚発行している。そのうち1枚ずつ持っていきな。詳しくはポストカードを読め。馬鹿でもわかるように、わかりやすい説明書きをしているから」



……馬鹿でも?



 小学生のガキにバカにされるのはさすがに気分が悪い。明日香は、露骨にそれが顔に出ていた。

 慌てて父親が間に入る。

「お客様、申し訳ありません。まだ、子供で生意気なやつなので許してやってください。あ、そうそう、このポストカードのお代はいりませんので。よかったら、試してみてください。損はしないと思いますので」

「おい、オヤジ勝手なこと……」

 康介が文句を言おうとしたが、父親がそれを遮った。

 真琴は渡されたポストカードに視線を落とす。最初の1行目に『わくわくどきどき未来ラジヲ。これで未来はアナタのもの』と大きく書かれてある。その1行目を見ただけで読み進める気が失せた。

「さ、さ、お持ちください」

 そう言って、父親が深々と頭を下げた。どうでもよいことなのだが、頭を下げた時、この父親の頭皮が少し寂しくなっていたのが気になった。


「明日香。出よっか」

 なんとなく居心地が悪い。あの目つきの悪い康介のせいで、父親にも申し訳ない気持ちになる。

「そうね。これ以上、聞けることもなさそうだから」

 そう言って、明日香は足早に店を出ていった。


 真琴は、明日香の後ろを追いかけるように店を出ようとした。店を出る直前、陳列棚にもらったポストカードがもう1枚残っているのが見えた。



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