6月29日金曜日5

 その路地は対抗する人とすれ違える程度の幅。ところどころ黒く汚れており、お世辞にもきれいとは言えない壁面。レンガ調の素材で固められた足元。ビルとビルの隙間を通る路地のためか、どこか湿っぽい。少し草も伸びているし、苔が生えているところもある。

 その道を2人で進んでいく。ビルの向こうには、密着するように次のビルが並んでいる。その先も同じ。よくもまあ、こんな密着して建物を建てたものだと、真琴は少し息が詰まるような感覚を覚える。

進んで行くうちに足元にある草の量が増えていき、その背丈も高くなる。進めば進むほど足元が悪くなり。いつの間にか、レンガの道ではなく、けもの道のようになっていた。進むべき道だけは地面が見え、草を踏み倒されているような場所を進んで行った。

 真琴は「大丈夫?」と前を歩く明日香に声をかけるが、明日香からは返事もなく、どんどん奥へと進んで行く。


 やがて、歩いてきた路地を分断するように細い水路が横切り、その上にかかるコンクリート製の短い橋を渡ると開けた場所に出た。緩やかな坂の先に、瓦屋根の日本家屋が見えた。真琴が立っているところに、手書きで「神花堂はこの先」と書かれた矢印付きの看板が立っていた。

「なに……ここ?」

 真琴の言葉に、明日香が一瞬目を大きく開けた。その後、すぐにいつもの表情に戻り、「なんだろね。でも、ここに誰も知らない小川君の秘密があるんじゃない」とたばこに火をつけた。

 たばこを片手に明日香は笑っていた。なんか、目的が変わってきてない? と真琴は大きく息を吐いた。

 山間部の観光地などに行くとこういう雰囲気のみやげ屋や道の駅がある。それに近い雰囲気で、神花堂っていう屋号があるのだから、何かを販売しているお店なのだろう。

その建物に近づくにつれ、様子が見えてきた。玄関にあたる部分は、店内がのぞけるようなガラス製の引き戸が閉まっていた。入口付近には自動販売2台が並んでおり、その隣、同じく並べているようにして3人掛けの古いベンチが1つあった。真琴はその雰囲気を見て、初めて来るはずなのに、どこか懐かしさを感じていた。



……あ、そっか。子供の時に来ていた駄菓子屋に似ているんだ。


 真琴は、小学生の時に幼馴染の文乃とよく行っていた駄菓子屋を思い出した。駄菓子屋でお菓子を買って、自動販売機でジュースを買って、2人でベンチを占領して、いろんな話をした。今となっては、何の話をしたのかは覚えていないけど。


ここが駄菓子屋ならば、何かを買っていこう。


 真琴は横を見ると、明日香の姿がなかった。慌ててその姿を探した。明日香はすでに正面の引き戸に張りつき、店内の中を覗いていた。

「真琴、真琴」と小声で、手招きをする。近づいた真琴に、明日香は場所を譲った。

 店内を覗く前から、中から「あれは、なんなんだ」と小川の激しい声が聞こえた。怒鳴るというよりは問い詰めるような声である。

 真琴は思わず首をひっこめた。対照的に明日香は、真琴の後ろからゆっくりとした動きで、その首を亀のように伸ばし、店内の様子を覗こうとしていた。明日香の顔が笑っている。絶対、この状況を楽しんでいる。

「勝手な事ばかり言って」

「なんだよ、あれ。気持ち悪い」

「返す。回収してくれ……なに? 返品不可?」

 小川の大きな声だけが聞こえてくる。何の話をしているかはわからない。ただ、小川がこんな大きな声を上げるという印象はない。それほどまでの何かトラブルが起きているのはわかる。

 話はしばらく続いていたが、最後に「もういい。今日は帰る」と言い、小川は足早に真琴たちのがいる引き戸に向かて歩いてきた。真琴と明日香はあわてて、自動販売機横にあるベンチへ移動し、深く座った。小川はこちらの方には気づかないまま、来た道を帰っていった。


 真琴は明日香の方を見た。明日香はこちらの方を見ることなく、すっとベンチから立ち上がり、何食わぬ顔をして店に入っていった。真琴も、慌ててついて行った。

「あ、いらっしゃい」

 中年の男性。笑顔を向けてくる。が、真琴は思わず目をそらしてしまった。



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