6月29日金曜日4

 前を歩く小川の背中を真琴と明日香の2人で追いかける。いや、真琴は明日香の後ろをついて行くだけだった。

 1人歩く小川は校舎を出て、電車で2駅移動し、大学で一番近いアーケード街に入っていった。平日の夕方は、人もまばらであった。

「意外ね」と明日香が小声で言ってきた。


 学生が集まるおしゃれな街並みという場所ではなく、喫茶店や食堂、八百屋、携帯ショップに、玩具屋、古着屋など、雑多で昔ながらの古い造りのアーケード街である。なんでも揃うため生活するには便利だが、わざわざ遊びに来るようなところではない。


「どこにむかっているんだろ」

 思わず口に出してしまった。しまったと思ったがあとの祭りである。

「そうね……やっぱり、最後まで追いかけるしかないよね」

 明日香に大義名分を与えてしまった瞬間であった。明日香は、がぜんやる気を出し始める。


 小川は突然自動販売機の前に立ち止まった。飲み物でも買うのかと思いきや、軽く周囲を警戒するように顔を左右に動かす。その視線がこちらにも向いた。

 真琴はとっさに視線を下に向けた。あわてて身を隠すのも怪しいので、あえて堂々と歩いて通り過ぎた。


 通り過ぎてから時間で言うと1、2分くらいだろうか。明日香が後ろを振り返ったと思うと、腕を引っ張った。

「真琴」

 明日香の引っ張られた勢いで真琴も振り返った。

 自動販売機の前にいた小川の姿がなかった。周りを見渡し、自分たちが通ってきたさらに向こうへも目を凝らしてみたが、その姿はなかった。

 明日香が来た道が戻り、小川が立っていた自動販売機の方へ足早に移動する。明日香が2台並んでいる自動販売機の前で足を止め「あっ」と声を上げた。自動販売機のすぐ横に奥へ入る通路があった。小川が足を止めた時に真琴たちがいた場所、真琴が振り返った時にいた場所からは見えない通路である。ここに入っていったのであれば、小川を見失うのは当然である。


 真琴は奥へ続く狭い通路を覗き込む。通路に沿って少しサビたコインロッカーが並んでいる。昔は賑やかだった商店街だった名残だろうか。清潔にはされているが、あまり使用されているようには感じられなかった。

 明らかに怪しい小川の行動。

「小川君、ここに入っていったよね」

 その通路の奥にも小川の姿がなかった。明日香はその隙間のような薄暗い空間に躊躇なく入っていく。

 真琴も明日香に続く。そのまままっすぐ歩くには肩がひっかかりそうな幅で、入れば圧迫感を感じる。自然と横歩きで奥へを進んでいく。その空間の奥に入っていくことで、8つの小さい扉が付いたロッカーが3台並んでいるのがわかった。奥行きは5メートル程度。独特の息苦しさも感じる。

先に入った明日香が「これを見て」と振り向いた。

 見てと言われても……通路が狭いので、明日香を追い越すことができない。真琴は、明日香の肩に手を置き、体重をあずけるようにして覗きこんだ。明日香はその通路の奥の行き止まりの壁面の張り紙を指していた。



(神花堂に御用の方はこちらへ)



 張り紙の右側を見ると、ロッカーが並ぶさらに奥に古い鉄の扉があった。

 「神花堂?」と真琴は首を傾げた。

 明日香はスマートフォンを取り出し検索をしていた。だが、神花堂という単語ではひっかからない。「花」という関連キーワードで近隣の花屋さんの情報が出てくるばかりである。

「怪しくない?」

「あら、真琴って積極的。これってやっぱり小川君の秘密に触れるチャンスよね。行くしかないわ」

「いや、そういう意味じゃあ……」

 怪しいから行きたくない、行かないほうがいいと言葉を続けたかった。だが、何を言っても明日香は自分に都合の良いようにしか解釈をしなかった。どんどん悪い方向に進んでいる気がする。

 そんな真琴に気も留めず、明日香は躊躇なく、ドアノブに手をかけた。鉄の扉は、サビた金属の擦れる重たい音を鳴らしながら開いた。

 扉の奥を覗くと、典型的な裏路地といった雰囲気の通路が現れ、それはさらに奥へと伸びていた。


 「行くわよ」

 明日香は、その路地へと入っていった。

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