6月29日金曜日3
「今日バイトは?」
4時限目の講義が終わったところで明日香に声をかけられた。時計は16時頃を指している。
「今日は休み」
「じゃあ、暇だね」
……逃げよう。
真琴の頭の中で警報サイレンが響き渡る。
「いや……明日香の要件によって、スケジュールが埋まるかもしれない」
「そう? じゃあ、何も言わずについてきなさい」
「いや、要件によってって……」と抵抗の意思を見せるが、明日香は聞く耳を持たなかった。
明日香に腕を掴まれ、強制連行される。
明日香と歩きながら「文乃はバイトかな?」と聞いてきた。
真琴と文乃のバイト先も同じだった。文乃に誘われ、食材から衣料品、玩具、スポーツ用品などいろんなものを扱っている中規模のホームセンターでバイトをしている。文乃とは違う売り場に配属されており、当然シフトはバラバラではあるが、同じバイト先なので、なんとなくお互いのシフトは把握していた。
「文乃はバイトだよ」
「じゃあ、文乃には悪いけど、今日は2人で行くよ」
「どこへ?」
「多分、行き先を言うと真琴のスケジュールが急遽埋まりそうだから、今は言わないわ」
明日香が笑った。その笑顔は悪魔の高笑いようにしか見えなかった。
明日香に連れられて、すぐに明日香の目的が分かった。
視線の先に小川の姿あった。
身体が強張るのと同時に、嫌な予感があふれ出してくる。
「もう……真琴が好きって言うから、小川君のこと調べちゃった。テヘッ」
明日香が舌を出す。明日香はこういうのが大好物なのは知っているが、まさか、自分にその矛先が回ってこようとは思ってもいなかった。しかも、仕事が早い。
真琴は「帰る……」と離れようとしたが、明日香にがっちり腕をロックされる。
「ああ、ダメダメ。せっかくだし……小川君を追いかけるわよ」
何がせっかくなのかわからないまま、強制的に連れていかれる。
子供の頃、父親が見ていた刑事ドラマのような陳腐な尾行。一定の距離を保って、小川の後ろをつける。
「小川君ってさぁ」
明日香が言葉を切り出す。真琴はビクビクしながら、明日香の言葉を待った。
「私の知り合いでさ。時々、小川君と話している子がいて、その子から聞いたんだけど……謎だわ」
「謎?」
思わず返事をしたことに真琴は後悔した。明日香はどこか得意げな表情をしている。明日香の言葉の切り出し方に、思わずつられてしまった。
「大学内で友達がいないわけでもないし、人付き合いも悪いわけではない。飲み会に誘ったら来るくらい社交的でもあるみたいなんだけど、誰もプライベートを知らないのよ」
「どういうこと?」
「小川君とどこかに出かけるとか、小川君の家に遊びに行ったとか、小川君から誘われたとか、そういう話が一切ないのよね。でも、誘われたら来るといった感じで、常に受け身なのよ。あ、そうそう。女の子と2人で……みたいなことも誰も見たことないみたいよ。多分、彼女はいないだろうって。よかったね」
最後のは余計だ。汗が噴き出してくる。
「小川君の表向きっていうのかな。クールだけど、付き合いが悪いわけじゃあないから、小川君のことを悪くいう人はいないんだけど『そういえば、あいつのプライベート知らないわ』みたいな人ばかりなわけよ」
「もしかして、それで、尾行なの?」と真琴は頭を抱える。
「そういうこと。いきなり私たちが声をかけて、家に遊びに行ってもいいって聞いてもいいけど……小川君の立場からみたら怖いじゃない? だったら、尾行よね。基本だよね、尾行って」
……ストーカーだよ、それ……
真琴は首を横に振った。
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