6月29日金曜日2
1限目の講義が終わる。次の講義もこの教室で行われるため、そのまま席を移動せず、次の講義の教材を机の上に置いた。
20分間の休憩の間、ぞろぞろと教室を出ていく人や、教室内で騒いでいる人、1人で黙々とスマホをいじっている人、教室の中で堂々と化粧を直している人、様々だった。真琴は教室内をぐるりと見まわしたが……残念ながら、この中に真琴のお眼鏡にかなう人物はいなかった。この時間は前期テストのための情報収集はあきらめた。
真琴は背もたれに体重をかけながら、何気なく明日香の方に目をやった。明日香は少し先の方を眺めていた。その視線を追いかけると、絵に描いたようなオタクの雰囲気があふれている3人組の姿があった。
そのうち1人は、同学年で有名なヤツ。耳が隠れる黒髪のマッシュルームカット。小太りの男で、7月が近づいてきているというのに厚めの上着を着ているため、さらに体系が丸く見える。講師に対してむやみやたらに質問をし、授業の進行を止めまくる男なので、真琴たちは勝手に「ストッパー」というあだ名をつけていた。
そういう意味で、同学年の中では有名な人物である。以前、授業が始まる前の出席確認の時に栗原と呼ばれていたのは聞いたことがある。
そのグループ3人は何の話か分からないが、異様に盛り上がっていた。
「明日香、ストッパーが好みなの?」
「まさか。男に飢えてはいるけど、好みじゃあないわ。私の好みは渋沢なの」
「あっそ」
「あのね。あの3人、めっちゃ楽しそうにしゃべっているでしょ。何がそんなに楽しいのかなって聞いてたのよ。なんの話だと思う?」
正直、興味がない真琴。だけど、明日香が続きをしゃべりたそうなので「わかんない」とだけ返事をした。
「アニメの話で盛り上がっているのよ。美少女ウイッチってアニメ。成人越えた男があんなにキラキラした目でしゃべってるのって……興味津々対象にならない?」
「ならないし……それに、そのアニメも知らないなぁ。明日香は知っているの?」
「歳の離れた妹がいるからね。私も詳しくはないけど……結構続いているアニメシリーズだよ。女の子向けで、変身して悪いヤツをやっつけるって話」
「ああ……そのパターンね。私も小さい頃、そういうの見てたわ」
「その話題で3人が盛り上がっているのよ。しかも幸せそうに。うらやましい。あんな風にあたしも幸せが欲しいわ」
「ふーん」と鼻で返事し、真琴もそちらに視線を向けた。ストッパー栗原とその友達2人が騒ぎ続けている。確かにかなり盛り上がっている。が、やっぱり話題にも3人にも興味がわかなかった。
「それよりもさ。あんたの幸せはどうなの? いい男はいないの?」と明日香の視線が真琴に向いた。
真琴にとって、嫌な流れだった。恋多き明日香と違い、男の影がない真琴と文乃。時々、明日香はお姉さん面をして、こういう話題を振ってくる。
「真琴にそんな人いるわけないじゃない」と文乃が即答した。
……文乃ナイス、さすが、わが幼馴染
「あらそう? 最近、真琴には意中の人がいるんじゃないって思っているけどね」と、明日香が少し鼻を膨らまし、笑みを浮かべる。
その言葉に文乃が目を丸くして固まった。固まる口を何とか動かして「……だれ?」と真琴の方を向いた。
こうして明日香は、文乃という味方を付けた。2対1の構図になった。分が悪い真琴は苦笑いをする。目の前にいる明日香と文乃は前のめり。臨戦態勢に入っていた。
この話題で逃げるなんてことは許してくれない。明日香はそういうヤツだ。
「いないわよ」と言ってみる。が、がっちりつかまれて振りほどくことができなかった。
実は真琴の頭の中で、ひとりの男の顔が浮かんでいた。
これまで彼氏はできたことはない。恋愛に疎いというのが正直なところなのだが、中学生の時の初恋以来、好きな男っていう存在もいなかった。
ただ、学内でいいかなという男性はいた。話をしたことがあるわけでもなく、あくまでも見た目と雰囲気が好みってだけで、これが「好き」なのかもわからない。
「……小川君でしょ?」
明日香の躊躇のない言葉に、今度は真琴が固まった。
「え? そうなの? 意外だわ」と文乃も目を丸くする。
小川悠人。同学年で他の女性からも人気がある。小川は男女ともにまんべんなく付き合いをしている。さっきのストッパー栗原たちのように大騒ぎする姿を見たことはなく、物静かでクールな印象がある。小川を狙っている女性のうわさはよく耳にするが、小川自身に彼女がいるという話は聞いたことはなかった。
昨年の大学祭で、どんな基準で行われたのかはわからないが、イケメンランキングというが開催され、学年別では3位という好成績を残している。
真琴の様子に、明日香はにやりと笑う。
「図星か……当たるもんだね。でも、真琴のことを見てたらわかるわよ。気づいているかどうかわからないけど、あんたって小川君の姿をよく目で追いかけているわよ。文乃は気付かなかったの?」
「ぜんぜん……真琴って男に興味がないんだと思っていたわ。そうなの?」
文乃の視線もこちらに向いた。
「好きってわけじゃあないけど、かっこいいなぁってくらいで……」
文乃は頭を抱える。明日香も「真琴の恋愛遍歴は聞いたことないけど、なんか、青春の始まりって感じだね。初々しくていいよ」と肩を叩かれた。
「でも、これが本当に好きかどうかって……」
「皆まで言わなくていいわ。真琴は何も心配しなくていいわ。私が応援してあげる。私にまかせなさい。恋愛経験豊富なお姉さんに任せなさい」
明日香が少し早口でいった。明日香の目が怪しく光った気がした。
真琴には嫌な予感しかしなかった。
「文乃はいないの?そういう男は」
明日香の怪しい目が文乃に向いた。
「いないわ」と文乃がきっぱりと言った。
真琴は、文乃の中の硬派な部分を久々に見た。きっぱり回答するところが文乃らしい。
「じゃあ、一旦、文乃は後回しね。いい人ができたら言いなさいよ。それか、男紹介しようか?」
そう言って明日香が笑った。
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