6月29日金曜日1

 いつもより早めに大学の教室に入った。

 1時限目の30分前には必ずいる幼馴染の姿を探す。誰もいない静かな教室で本を読むのが日課としているのを、真琴は知っている。そこを狙う。さりげなく、自然に……さりげなく。

「おはよ、文乃。なに読んでるの?」

 声をかけられた山岡文乃は飛び上がった。

「お……おはよ。え? 本? 星の王子様だけど。え? え? どうしたの、真琴。めちゃくちゃ早いじゃない」

「まあね。まあ、たまにはね。早朝の誰もいない教室って、なんかいいよね」


 真琴は両手を上に伸ばし、背筋を伸ばした。さりげなく「天気のいい朝は気持ちいいよねぇ」と言葉を付け加えた。

 文乃は何かに気付いたようで、少し大きく目を開く。


「あ、そうか。前期のテストが近いからね」

 真琴はぎくりとした。

「ノートでしょ」とあっさりと肚の中を見抜かれた。

「そうよ。大学生の定期テストは情報戦よ。優れた情報を集めた者がこの戦を制することができるのよ」

「何が優れた情報よ。ノートでしょ、ノートがいるだけなんでしょ」

「お願いします」

 文乃に対して、深々と頭を下げた。

「わかっているわよ」

「ありがとう。あ、隣の席取っといてね。授業が始まるまでには戻ってくるから」

 真琴はそう言い残し、次の賢者を探すため、教室を出ていった。次のターゲットの田中は、今日の1限目は確か、別棟で講義を受けるはずだ。

「あ、田中君。ゼミのノートを借りたいんだけど……」

 見つけた。同学年の田中の所へ駆け寄った。



 予鈴が聞こえてきた。忙しい時の時間の流れはなんと早いことか。真琴は慌てて教室に戻り、文乃の横に滑り込むように座った。

「成果は?ノートは集まりそう?」

 文乃の言葉に「これからよ。戦は始まったばかり。集まりそうじゃあなくて、集めるの。甘く見ると死ぬわよ」と真顔で返す。

「なにが『死ぬわよ』よ。普段から、ちゃんと講義を受けないからでしょ。でも、まあ、真琴が死なれたら寝覚めが悪いわねぇ。近いうちにノート準備しとくよ」と文乃はため息をついた。

「じゃあ、真琴が写したノートを貸してね。なるべく早めに……ね」

 後ろの席に座る気配を感じた。振り返らなくてもわかる。

「え? 明日香も?」

 文乃の言葉に、南明日香はピースをして「もちろん」と笑った。

「文乃……明日香は、私以上だよ」

「何が以上よ」

 明日香は、長い髪をかき上げた。



 真琴と文乃は幼馴染。明日香はこの大学で知り合い、入学してからすぐに3人でよく行動をするようになった。知り合って半年以上たった頃、明日香が高校卒業後、一度就職していたことを知った。学歴が欲しいという理由で大学を受け直したらしい。そのため、年齢が3つ上だということをあとから知った。

「今更、敬語なんか使えないわ」と真琴が決めて、そのままの関係である。

 明日香も「その方がいい」と言い、文乃もそのまま、何の遠慮もしない関係となって、今に至る。


 現在、大学2年のため、明日香とは1年以上の付き合いとなる。3つ年上だからなのか、社会人経験があるからなのか、大人の余裕というか、女性としての色気というか……女性として何段階も上だと感じるのは、真琴にとっては少し悔しい。

「とにかく、2人ともノートがいるんだよね。準備してくるから。真琴、写し終わったら明日香に渡してね」

「ありがとう」と明日香は文乃に手を合わせた。



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