第六話

 翌朝。

 レイヴンは部屋で、過去にもらったボロボロの本を開いて剣の素振りをしながら、昨日の出来事を反芻していた。

 ……俺、昨日ただ斬られただけじゃないか。それにしても、メリスが処置してくれたお陰でいつもより早く治っている感じがする。

 とか思っていたら、メリスとアキがずかずかと部屋に入ってきた。

「——さて、作戦会議を始めよう」

 ここは、森をさらに進んで、メル国城の城壁が目視できるところにある宿屋。その二階、レイヴンが泊まった客室に三人が集まっている。

 挙手をするメリス。アキが当てる。

「私たちは何も知らないということが分かった。しかし無知の知。これはとりあえず喜ぼう」

 とは言ったものの表情は変わらない。

 レイヴンも手を挙げる。右、つまり利き手である。アキが当てる。

「昨日分かったのは、言葉遊びをするときに縛りを付けられること、しかもそれはメリスだけではなく、相手もできること。さらに、メリスが負けると、相手の症状は悪化すること」

 昨日の出来事を思い出して気分が沈むメリスを、アキが慰めている。

「だが、自分でいちいちそれらを発見するのはなかなか無謀だぞ」

「そうなんだよね」

 

「お困りかな?」

 窓からの突然の知らない声に、三人はバッと振り向いた。そこには、細身で身軽な、しかし隙がない感じで窓枠に腰掛ける女性。

 ……いつの間に。

 全く気配に気付けなかったとアキは悔しがる。

「ふふっ、驚かせてごめんね。怪しい者だと思うかもしれないけど、悪い奴とは思わないでほしいな。それにしても……」

 視線の先にはメリス。

「大きくなったね」

 混乱するメリス。この人は誰? 私はこの人を知らない。

「あー、あなたが私のことを知らないのは当然だと思うよ。だって、赤ちゃんの頃の記憶なんてあるわけないもんね」

「え、それなら先生のトモダチ?」

「先生? あー、あの女性のことかな? とすれば、友達ではないかな」

「なら敵?」

「んー、どちらかと言えば味方だと思うな。私、あなたたちを助けたから」

「ちょっと待て」

 メリスの前に立ち、女性を睨むレイヴン。

「さっきから黙って聞いてれば。まどろっこしいな。つまるところ、あんたは誰だよ」

「もう。我慢を覚えないと立派な大人になれないよ。名乗るほどの者じゃないよ。まー、旅人、とでも言っておくよ」

「それなら旅人さん、」レイヴンを押して前に出るメリス。「私と先生と、どういう関係?」

「助けたんだよ。あなたを抱えて逃げる『先生』を」

「……逃げる?」

「そう。確か名前は……リンダだったかな? おや? ……そうだ、リカルダだ」


「リカルダというと、あの手配書の?」

 アキが問いかけた。

「そうそう。顔が絶妙に不細工に描かれてるよね、あれ。もう本人と見比べたとき思わず笑っちゃって。そういえば一枚もらってきたんだった。見る?」

 ゴソゴソと、腰に下げていた袋から紙を取り出し、三人の前で開いた。

 それを一目見たレイヴンとアキは、共にメリスの顔を伺った。

「……確かにちょっと不細工だけど、これは間違いなく先生だ」

「あれ、知らなかった? だったら隠し通すのに成功したんだね、リカちゃん」

——リカちゃん。

「それにしても、リカちゃん、先生って呼ばせてるんだ、意外。リカちゃん、元気?」

「死にました。一年前に」

 ずっとニコニコしていたが、一瞬だけ表情が固まった女性。しかしすぐに戻る。

「……そっか。それは残念だな。オモイデバナシっていうのをしてみたかったのに。じゃあ、リカちゃんの名前も知らなかったみたいだし、あなたもしかしてリカちゃんについて何も知らなかったでしょ。私が知ってるリカちゃんの情報、教えてあげてもいいよ。対価に、そうだなー。あっ、あなたのオモイデバナシを聴かせてよ」

 『指名手配犯リカルダ』が先生だったことを流れるように言われてまだ頭が混乱しているメリスだが、丁度求めていた情報であるために反射的に頷いてしまった。

「よし、交渉成立。私が知ってるのは数日リカちゃんと過ごしたときに色々聞いたからなんだけど……あ、でも教えてあげるって私言ったから、あなたたちから質問していいよ。答えるから」

 窓枠に、足を組んで座り直した。

「リカルダさんは、」「ストップ!」

 言いかけたアキを止める女性。

「手、挙げてよ。やってみたかったんだよね、学校の先生役」

 はあ、と息をついてから手を挙げるアキ。

「はい、どうぞ」

「リカルダさんは、なぜ逃げていたんですか?」

「それはね、メル国国王のせいだよ。戦い好きな国王はお抱えの研究者たちに、隣国への挑発のための病原体を作らせた。その研究者の一人がリカちゃんなんだけど。で、リカちゃんが作っちゃったんだよね、良さげな病原体を。作っちゃったというか、自分たちの種族が免疫を持ってた感染症を改良した、っていうのが正確かな。自分に免疫もあったから、治療法も開発できた。本人は、自分たち種族と他の人間とでそこまで免疫に差があるとは思ってなかったみたいだけど。国王的には、挑発だし、ちょっと動きが鈍くなるとか、ちょっと風邪ひくとかその程度の症状を想定してたんだけど、ほら、リカちゃんって捻くれてるでしょ? だから治療法を、条件付きで面倒なものにしちゃったわけ。そんな余計なこと、やめとけば良かったのにね。でもそんな人を雇う方も雇う方だよね。能力だけで雇ってもそういうことがあるから、もし雇う側になる場合はあなたたちも気をつけないとね」

 よく口が回る。

 次はメリスが手を挙げた。

「はい、メリス君」

「その、条件って?」

 えーっと、と考えるポーズをする女性。

「なんだったかな……。確か出身地? 種族? だった気がするな。うん、そうだ種族だ。リカちゃんもメリスも、その種族のうちの一人だよね」

「……じゃあ、私と先生は血縁関係にある、本当の家族かもしれないってこと?」

「それは違うと思うよ。でも、同じ種族っていうのは分かるよ」

「なぜ?」

 女性はメリスの耳を指差した。

「そのピアス、だよ」

 メリスの耳には、青いピアスがあるが。

「これはピアスじゃないよ。なんというか……耳にくっついてる。どちらかというとほくろみたいなものだよ」

「それは知らなかった。新たな情報をありがとう。とにかくそれと同じものが、リカちゃんにもあったんだ」

 メリスは、先生の耳にも同じものがあったのを思い出したが、それは保護者・庇護者の関係の証か何かだと思っていたものだった。

 そして、なぜだか先生は耳をあまり見せないような髪型をしていた。そしてメリスも、短くはあるものの、耳は風でも吹かないと見えない髪型をしている。

——意図的に隠していた?

「その種族の、」

「手」

 忘れていた。渋々メリスは挙手した。

「はいメリス君」

「その種族の詳しい情報を教えて欲しい」

「当事者なんだからむしろこっちが教えて欲しいくらいだけど、まあ仕方ないか。種族の名前は、隠されているのかそもそもないのか、明らかにされてないみたいだね。それと、種族の集団がどこに住んでいるかも分からない。でもメリスは小柄なようだし、温暖地域かなとは思うけど」

「先生は何か言ってなかったの?」

「秘匿主義があるのか知らないけど、何も。あ、でも、リカちゃんが君を拾うのに私も立ち会ったわけだけど、そのとき『こんなところで……』って呟いてたから、少なくともこの辺りの種族じゃないんだろうね」

 つまるところ、種族については何も分からなかったというわけだが、聞きたいところは聞けた。

「それじゃあメリス、あなたのオモイデバナシを聞かせてよ」

「そう言われても、パッと出てこないよ」

「あ、じゃあ今度は私が質問するね。リカちゃんとメリスはどこに住んでたの?」

「ヘー国の東側にある街」

「あー、森から一本道のところか! また大変そうなところに……。まあいいや。じゃあ次は。今ここで何してるの?」

「旅かな」

「なんで? 街の人たちに見切りをつけたとか?」

「正解」

「やっぱりねえ」

 そのとき、メル国の城壁内から鐘の音が聞こえた。

「えー! もうこんな時間? そうだ待ち合わせしてたんだった! ごめんね私行くね。楽しかったよありがとう! オモイデバナシあんまり聞けなくて悔しい! だけどまた会おうね!」

 女性はそう言い残し、窓から風のように去っていった。

「ここ二階だけどね……」


 気を取り直して会議再開。

 開始時と同じように挙手するメリス。

「なんだったんだ、さっきの人。よく喋るな。俺は一言も喋らなかったけど」

「実は無口キャラなのか? 今まで頑張ってそのテンションを維持していたのか?」

「話飛びすぎだよアキ。俺は、人が話しているのに口を突っ込まない主義なの」

 無言で手を挙げ続けているメリス。

「またまたご冗談を。僕たちにくらい素でいいんだぞ、なあメリス?」

 メリスの方を見るアキ。慌てて居住まいを正して言った。

「はい、メリス」

 一瞬ジロッとした目をするメリス。

「とりあえず概要は分かった。つまり私が先生のところに居たということがバレたら、追われる。これはとりあえず悲しもう」

 とは言ったもののこれまた表情は変わらない。

 レイヴンも手を挙げる。アキが当てる。

「状況を整理しよう。今分かったのは、指名手配されていたのがメリスの先生であるリカルダ……さん、だったってこと。でも作れと言われて作っただけで、本当の悪いやつはメル国国王だってこと。人を雇うときは、能力だけじゃなくてその性格も見るべきであること」

 頷くメリスとアキ。そしてメリスはスッと立ち上がった。

「先生の名誉を挽回しよう。そして本当に悪いやつは懲らしめよう」

「だが」アキも立ち上がる。「それを作ってしまった人が無関係であると言うのは無理だ」

「でも」レイヴンも立ち上がる。「本当に悪いやつを懲らしめるのには賛成だ。何度もちょっかいかけてきて、めんどくさかったしさ」

「とか言って、君、実は自分の剣の腕を確かめられて楽しかったんじゃないのか?」

 何も答えないレイヴン。だが無言は肯定である。

「でも、俺より向いてそうな人はいるようだけどね」

 とアキを見た。昨日の仮面男に対しての対応、あれでただの旅人とは言わせない。互いに苦笑いを浮かべる。

「とにかく!」

 メリスは壁をドンッと叩いた。

「寝覚が悪いし、まずは昨日のヤツを治そう」

「うるせえよ!」

 扉の外から怒声が飛んできた。これは部屋を隔てる壁だったらしい。

「いっけねっ」

 てへっと舌を出すメリス。だが表情は変わらない。

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