第五話

 一瞬不穏な空気が流れたが、朝食を食べ終わるとお礼を言い、別れの挨拶をする。

「突然押しかけたにも関わらず、何から何まで大変お世話になりました!」

「よいよい、またいつでも来なさい」

「ご飯美味しかったです、ありがとうございました!」

「メリスさんは食べるのが大好きなんじゃな。大きくなるぞぉ」

 「大きくなる」の言葉に目を輝かせるメリス。

「……さすがにもう無理じゃない?」

 刺すような視線をレイヴンに浴びせるメリス。レイヴンは冷や汗を流す。

「では、行ってまいります」

「ああ。行ってこい」


 お世話になった皆さんと別れ、村を出る。

 今度は山道を下ろうとしたが、このまま進むとメル国に辿り着いてしまう。

「これからどうする? ていうか、なんでメル国向かってるの?」

 レイヴンの問いにメリスはだって、と答える。

「たまたま、歩き始めた道がそっちに向かっているから」

「……つまり、理由はなかったってわけね」

「長老に気をつけろと言われたし、特に理由もないならメル国以外に向かうことになるだろうが」

「でも、ちょっと思ったのがさ」

 メリスが呟いた。

「そんな、突然罪がなんだとか十数年前の事件とか言われたら、気にならない?」

「つまり、真相を知る旅をしたい、と?」

「そうなのかも」

「しかし、メル国はヘー国の人間を片っ端からちょっかいをかけていると言うし、危ないと思うが……」

「そういうときのための、あなたたちでしょ?」

 にっ、とメリスは笑った。

 ははっ、とレイヴンも笑う。

「もちろん、任せて」

 アキは苦笑いである。


 旅の目的が決まった彼らは、昨日の、とりあえず故郷を離れるような行き先も定まらない曖昧な足取りではなく、しっかり目的を持ち地に足がついたそれであった。

 山を下り終えると、木の看板に『この先、メル国』とあった。入国はしたものの、その境界はその看板のみである。

「国境って、こんなんでいいの?」

「あるだけましだな」

「入国審査とかいらないの?」

「審査がいるのは首都くらいだな」

「へー」

 看板の向こうもやはり森が続いている。看板付近だけ、見えやすいようにか、木が生えていない。

「まあ行こうか。本来ならこのまま道なりに進めば城下町に辿り着くんだが、一応、道を逸れて森を突っ切ろう」

 そう言ってアキは荷物から方位磁針を取り出した。

 アキを先頭に森を進む。

 

 しばらく歩いていると、太陽は真上に上がっていた。空腹を感じたメリスとレイヴンはアキに申し出て、何か食べられるものを探すことにした。長老の村を出るときにいくらかの非常食をもらったが、なるべくそれは温存したいところだ。

 メリスは、かつて家に先生が大量に持ち込んだ食べられる植物を見つけた。それをアキとともに摘んでいるそばで、レイヴンがウサギを仕留めていた。

「これだけあればいいか」

 メリスは旅を舐めていたが、旅ならこのくらいはいるか、と思い一応持ってきていた小さなナイフで摘んだ植物を切る。これは先生が愛用していたものだ。レイヴンもウサギを捌いていた。アキは持っていた火種で火を起こしていた。

 とりあえず切ったものの、調理器具なんてあるわけがなく炒められない植物らは、これまたアキが持っていた塩でウサギの肉にペタペタと貼り、全部まとめて火で炙った。

 アキがいなかったら、彼らは生のままで食べられるものしか食べられなかっただろう。やはり、経験の差は歴然である。

「ん、野生の味」

 メリスは美味しくなさそうなコメントをしたが、もぐもぐと頬張っている。

「それで、メル国に来たはいいものの、具体的にどうするの?」

 レイヴンはメリスに尋ねる。

「うーむ……聞き込みでもする?」

「怪しまれないか? メル国民は皆、頭脳明晰だぞ。この国の出身者ではないとすぐにばれるだろう」

「旅人だとしても警戒される?」

「僕もメル国は何度か来たことはあるが、やはりずっと壁はあるな。当たり障りない話しかできなかった」

「それなら、医者の格好して、病院に潜り込むとかは? メリスとアキくらいの背丈なら、そんなに警戒されなさそうだし」

 レイヴンはそう言うと肉を齧るが、あ、と呟いた。

「そしたら俺、また置いていかれるじゃないか」

「いや、良い案じゃないか? レイヴンは見張りだかなんだか言っておけばいいさ。思っていたが、その見た目、おそらく君はメル国の生まれだぞ、レイヴン。だから紛れられる」

「え、俺、メル国出身なの……?」

 そのときレイヴンの心に浮かんだのは——親。もしかしたら、ここにいるかもしれない?

「この国にも感染者は少なからずいる。そんな彼らを治したら、警戒心も緩まるかもしれない」

「でも、この国では感染したら治せないとされてるんでしょ? 突然治せる部外者が来たら怪しまれるって」

「それに関しては心配いらないと思われる。感染したら見放されたも同然。よって専用の施設に隔離されている。見張りなどは形だけだ。しかも、これを治せる唯一の人間だぞ。これは最強の切り札になるだろう」

「……なんだかいける気がしてきた。あ、でも私が感染したら終わりだけど、どうしよう。感染者から直接傷つけられたら感染することは分かるんだけど、それ以外の方法もあるかも」

「確かにそうだ。それなら最優先は、他の感染方法を調べることだな。確かメル国に知人がいたはずだ。聞いてみるか」

 アキは紙とペンを荷物から出し、文字ではない、何かの記号をさらさらと書いた。そしてマントの下から、首に下げていた木製の小さな笛を手に取った。ピュイッと高い音を立てて吹く。

 すると、羽ばたく音と共に、真っ黒い鳥が飛んできてアキの腕に止まった。アキは記号を書いた紙を細く折り、鳥の片足に結んだ。

「カズマの下へ」

 そう呟けば、鳥は、おそらく城下町があるであろう方向へ飛んでいった。

 その一連の流れを、動かずぽかんと見ていたメリスとレイヴン。

 先に口を開いたのはレイヴンだった。

「何、今の!? すごく格好よかったよ! 俺もやりたいそれ!」

「いやあ、照れるなあ」

 てれてれと頬をかくアキ。

「私もやる!」

 メリスも動き出した。

「いつか教えてあげる、かもしれない」

「ねえ、その子供を諭すときの口調やめてよ」

 口を尖らせるレイヴン。見れば、メリスも同じ顔であった。

「とにかく、返事が返ってくるまでここで待とうか。多分、すぐ来る」

 

 アキがそう言い終わった瞬間、こちらへ走ってくる音が聞こえた。一斉に構える三人。レイヴンは剣を、メリスは小さなナイフを。アキは懐に手を入れる。

 黒い影が見えたと思うと、その影は高く跳躍し、三人の前に間合いを取って降り立った。

 影だと思ったのは全身黒ずくめであるためだ。そして顔にも黒い仮面。動きはしなやかだが、体つきは男性のそれである。

 彼は懐に手を入れている。

「……同業か」

 アキの呟きは、誰にも聴こえていない。しかし男と、レイヴンは、その構えに何かを察した様子だ。

「何の用だ」

 レイヴンは剣に手をかけながら尋ねる。

 男は、答えない。しかし、前触れもなくメリスを目掛けて跳びかかってきた。懐から出した手には小さいながら鋭いナイフが握られている。

 咄嗟にレイヴンはそれを剣で受け止める。

 男は舌打ちして、再び後ろに跳んだ。

 その隙に、アキは音もなく男の背後についた。 その緊張感について行けてないメリスは、その辺りの枝を掴んで男目掛けてポイポイと投げた。

「メリス、危ないって!」

 しかしアキは見逃さなかった。飛んでくる枝に対する、男の反応を。己に当たる、直前にさっと避けた。……こいつ。

「視力が弱い!」

 アキは叫んだ。メリスが投げた枝は殺気など物騒なものを纏っていなかったので反応が遅れたのだ。

「ちょっ、今か!?」

 アキの肩に先程放った黒い鳥が止まった。

「何、メル国のくせに呪いだとかほざいているだと? 使えない情報だな……あぁでもこれは使えるか……」

 何やらぶつぶつ言っている。

「ねえこの人、喋らないよね。まさか、あなたも感染者?」

 黙りこくる男。いや元から喋っていないが。

「じゃあさ……しりとりしようか」

 微笑むメリス。アキとレイヴンは、こいつはそんなことに応じなさそうだと思い、再び構える。

 にも関わらず、男は戦闘姿勢を解き、メリスに向き合う姿勢をとっている。首を捻る二人。

「知ってる? 前の言葉の最後の文字から始まる言葉を順番に言って、最後に『ん』が付いたり言葉が思いつかなくなったら負けだよ。それじゃあ私から、」

「る動物縛りだ」

「なっ」

 体が動かない。脳から、動物以外の単語がみるみる消えていくのを感じる。

「分かった。なら私から。ウサギ」

「銀魚」

「よ……」早くも詰まるメリス。「……幼虫」

「ウマ」

「……マントヒヒ」

「ヒツジ」

「ジ? ジ……ジャイアントパンダ」

「ダチョウ」

「ウシ」

「シマウマ」

「また『ま』……マンタ」

「タツノオトシゴ」

「ゴ……あっ、ゴリラ」

「ラマ」

「マ……えぇ……マンボウ」

「ウェスタンローランドゴリラ」

 何それぇ! と心の中で叫ぶメリス。

「ラ? んー……ラクダ」

「ダイズアザミウマ」

 ほんとに何? ウマ? 馬なの?

「マー……ンモス」

「スケトウダラ」

「ラ……ラ……」

 メリスには、もう、これしかなかった。

「……ライオン」

 メリスがそう言うと同時に、男は目を押さえ、地に膝をつき呻きだした。

「どっ、どうしたんだ?」

 状況が飲み込めないレイヴン。誰も手を出していないのに。

 初めての状況に、目を見開いているしかないメリスとアキ。

「お前……大丈夫か?」

 そうレイヴンが差し伸べた手を、男はナイフで振り払った。そして徐に立ち上がる。

「る……光が、ない」

 より一層大きく目を開ける二人。呆然としている彼らをよそに、男は現れたときと同じように走り去っていった。先程と違うところは、耳を澄ませると木や草むらに衝突する音が聞こえることだ。


 この沈黙で最初に口を開いたのは、メリスだった。

「私が負けると、悪化する? これは、私のせい……?」

 胸が苦しくなっているメリス。その横で、レイヴンが呻いた。腕を押さえている。

 メリスははっとして、レイヴンに駆け寄った。

「大丈夫!?」

「……大したことないよ。斬られただけ。治る傷だ。しかも利き手じゃない」

「メリス。これは治せないのか?」

「……これは無理だ。本人に引っ掻かれたならできたけど、これはナイフだから。とりあえず、応急処置を」

 メリスは背負っていた荷物から白いハンカチを取って裂き、レイヴンの斬られたところに巻き始めた。

「ハンカチ……ごめん、弁償するね」

「いらない」

「僕は薬草の類を採ってこよう。メリス、こういうもの、とかあるか?」

「私の荷物に図鑑があるから、五四ページの絵の薬草を取ってきてくれる?」

「分かった」

 とりあえず走っていくアキ。

「ただのかすり傷だよ、メリス」

「でもこれ、恐らくだけど全治一週間だよ」

「嘘でしょ? 本当に良かったあ利き手じゃない方で」

「全治一週間を宣告されたにしては反応が軽くない? 経験者?」

「そりゃ、剣を使うからそれなりにはね。でも、あのときは自分で薬塗って、包帯巻いて。

……だからちょっと、今の状況、楽しいかも」

 にこりと笑うレイヴン。メリスは呆れた顔をしている。

「メリス、これで合ってるだろうか」

 両手にこんもりと緑の植物を乗せたアキが帰ってきた。

「……ごめん、違う」

 膝から崩れ落ちるアキ。植物は落とさない。

「あと私、見つけたんだけど、そこにあったよ」

 そう言ってメリスは、すぐ目の前の群生を指差した。

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