第七話

 レイヴンの傷療養のため、彼がいいよいいよと遠慮するを丸め込んでもう一泊した三人は、宿を出て、アキを先頭にメリス、レイヴンと一列になって城下町への門に向かう。これは木々が乱立していて横に並べないが故の形態であるが、どことなく冒険感が出ている。

「今まで襲ってきたやつらってメリス目当てだよね。じゃあこれ着て」

 アキがフード付きの上着を取り出した。

「いつの間にそんなものを」

「宿屋の女主人が、子供の頃のやつをもう古いからって安くくれたんだ」

「……子供の頃の」

 少しショックを受けるメリス。

「でも俺たち、許可証とかないよ。どうする?」

「僕を誰だと思っている。まあ見てな」

 城壁の周りは堀で囲まれている。城下町へ入るには、そこに掛かっている一本の橋を渡らなければならない。

「川を渡って壁を登るとかはやめよう。普通に犯罪になっちゃう」

「伝手を使うのは?」

「それは工夫だからいい」

「いいんだ」

 メリスの基準は謎である。

 橋を渡り始めると、アキは徐(おもむろ)に、懐から紙を取り出した。ふ、と笑って二人を見た。

 門には門番が左右に一人ずつ。アキはさりげなく左の門番に近づき、その紙を見せた。右の門番の死角でニヤリと微笑み合う、アキと左の門番。

「それでは、入場試験を開始する」

 右の門番が唐突に言い放った。

「……え?」「入場、テスト?」

「メル国城下町に入るには、一定の学力が求められる。こちらへ」

 連れられたのは城壁の中にある小さな空間。そこには、長い机二つと、それぞれに二つずつの椅子が置かれている。そこに、右の門番によって紙とペンが置かれた。

「制限時間はこの砂時計が落ちるまでだ。開始」

 もっと混乱する間もなく始まる試験。内容は算術、文法、そして自然環境の基礎知識である。

 メリスは、本を読むので文法は分かる。自然環境の基礎知識も先生の教育によって一応身についている。……だが、問題は算術である。今まで生きてきた中で必要な計算はやってきた。しかし……この図形はなんだ?

「——やめ」

 最善は尽くした。図形の問題は幸いなことに選択であったので、とりあえず勘を頼りに埋めた。

 採点を待つ。これで規定に達しなかったらどうすれば……。

「全員の合格を確認した。入ってよし」

 ホッと一息つくメリス。他の二人を見れば、当然のような顔をしている。腹が立つ。ちらっと正答率を覗く。レイヴン、九割。アキ、九割五分。私、六割五分。なんなのだこの二人は。

 ……私が最低ライン?

「ありがとう」

 アキに続くメリスとレイヴンも会釈をして狭い通路に入った。

「悪いことしてる気分」

「それしてないときに言うやつじゃない?」

「試験には合格したから完全なる悪ではないだろう」

「左の門番の人が知り合い?」

 メリスはアキに耳打ちした。

「そう、飛ばした鳩の目的地だ」

 通路を抜けた先は、頭脳明晰な感じの活気がある繁華街だった。道行く人の服装は機能性重視の動きやすそうなものでありながら良い生地を使っていて、皆キビキビと歩き、さらに多くの人々が本や紙の束を小脇に抱えている。すぐ正面の建物には『阮籍青眼』(※来客のことをを心から歓迎すること)と書かれた垂れ幕が掛かっている。遠くには、先端の尖った城が見えた。

「垂れ幕に『帰れ!』とか書いてあることはないだろうけど、よくわからないね」

 首を捻るメリス。

「卵の白身の主成分って卵白アルブミンよね? 何度で凝固するのだったかしら」

「75〜8度よ! も〜うっかりさんね」

 目の前を通る住人は、早々に賢さを醸し出している。

「レイヴン、彼女たちの言ってること理解できたか?」

「うーん、五割」

 やはり大事なのは環境か。しかしそれでも五割は分かるのなら大したものである。

「それにしても、みんな大きくない?」

 メリスは自分の頭に手を当てて周りと比べている。

「メリスが小さいんだよ」

 レイヴンは打撃を食らった。

「じゃれあってないで。いざ行かん、敵の本拠地」

 

 とは言ったものの、やはり繁華街、出店が所狭しと立ち並んでいる。

「いらっしゃい! 逸品を入荷しましたよ〜」

「待って二人とも。あれだけ買わせて!」

「ちょっとこれ見て! 可愛すぎ」

「運命の出会いかもしれない。買わないと一生後悔する自信がある」

 メリスの目は輝いている。そしてレイヴンは三回に一度は財布の紐が緩みそうになるのを堪えている。

「いらっしゃい。肉を焼いたものは如何〜」

「素敵! 二人とも食べたくないの?」

 もう、と言いつつ財布を出すレイヴン。それを見たアキはレイヴンを止める。

「仕方ないな、僕が奢ってやろう」

「えぇっ? いいの? ありがとう大好き!」

 そのやりとりを見て分かりやすく固まるレイヴン。

——俺が出していればその言葉は……っ。

「ほれレイヴン。いらないのか?」

「いるよ! ありがと!!」

「はっ、あれは! 薄汚れているけど、確実にあれはかの有名なおもちゃ作家ガン・グーのトランプ一号では! これは欲しい……」

 吸い寄せられるようにそれが売られている露店に向かうメリス。それを追う二人。

「値段がついてないタイプの店だ……」

 そう固まるメリスの肩をレイヴンがトントンと叩いて笑う。

「まあ任せなって。おじさん、このトランプ、いくら?

「これくらいだな」

 おじさんが立てた指は六本。

「これくらいにできないか?」

 レイヴンは二本立てる。

「無理言うなよ。なかなかいいものなんだ」

「そこをなんとか頼むよ! それならこれでもいいから」一本増やし、三本立てるレイヴン。

「半額じゃないか! 攻めてこれだ」おじさんは五本。

「いいやそれなら買えないな。いいのか? いい買い物をする客を逃しても」

「……はあ。交渉上手め。ここまでが限界だ」四本立てるおじさん。

「よし、買った!」

「旦那。これも合わせてこれでどうだ」

 アキが横から、トランプの隣にあった青い石を指差しつつ指を六本立てた。

「ああもういい、持っていきな」呆れ笑いで手を振るおじさん。

「……すごい、すごいね二人とも!」

 普段あまり感情を動かさないメリスが目を輝かせた。

「で、何その石?」

「これは本当なら五本分の価値のある宝石だぞ」

「え! ものすごく得してる! 自分用?」

「僕には似合わないだろう。メリスにあげよう」

「いいの? でも私もそんなにじゃない?」

「大丈夫、似合う似合う」

 そんなやり取りの横で放っとかれているレイヴンは口を尖らせた。

「メリス、トランプは?」

「そうだトランプ! 本当に欲しかったんだ、ありがとう!」

 レイヴンは満面の笑みを浮かべた。「どういたしまして!」



 その後も度重なる誘惑がありつつも、精巧かつ怪しげな首飾りに留めたレイヴンとアキ。

 ついに城の前まで来た。

「真の決戦はここからだよ二人とも。私の勘だと、もうすぐ来るよ」

「ええ、勘?」

「まあ見てなって」

 そうメリスが言い終わるとすぐ、三人の正面にシュタッと黒い影が降りてきた。

「ほらね?」

 黒い影はやはり、先日のヤツだった。

「……あのときはよくも、視る界を奪ってくれたな」

 仮面姿なので外見に違いは見られないが、やはり目は見えないままのようだ。

「その節は本当にごめんなさい。私が負けたら失敗するって知らなくて」

「……検証に利用しやるがったのか」

「それは違うんだって。でも今度は任せて。だから抵抗しないでくれると嬉しいんだけど……」

「我が辞書に『無抵抗』のる文字はない」

 治せると言っているのに、なぜ素直に受けないのか。

「面倒な。まあいいや、じゃあ物理攻撃はあなたたちに任せた。今日は『あたまとり』をやろう。ルールは、前の人が言った言葉の始めの文字が最後に付く言葉を順番に言っていくこと。たとえば、リンゴ、の次は「り」で終わる単語を言うんだ。鳥、とかね。負ける条件は、すでに出た言葉を言うこと、思いつかないこと、そしてルールを間違えること。お手つきで一発アウトね」「……縛りは、」「なし!」

 縛りを付けるのを防ぎ、一安心。

「それじゃあ私から。足」

「……ドア」

「密度」

 男は前回のしりとりのようにポンポンと言葉を出すことをしない。むしろポンポンと無意識にしりとりのルールでやらないように自分を抑えているように見える。

「ネズミ」

「ミネストローネ」

「紙」

「丘」


「おい、メリス」

 男が考えている間にアキが耳打ちしてきた。

「一つの文字に集中狙いするのはどうだ? 出す言葉の頭の文字を揃えるんだ」

「なるほど」


「……顔」

「民家」

「地味」

「……あ、道筋」

「…………! 厚み」

 まずい。『み』で終わる言葉なんて形容詞の数だけありそうだ。

「馬」

「……羽毛」

 男は言いながら素早く斬りかかってきた。メリスの目の前で受けるレイヴン。


「メリス!」今度はレイヴンの耳打ち。

「図鑑があったよね、それ使えない?」


「! エンメイソウ」

「……声」

「上げ底」

「……アイディア」

「ラフレシア」

「……蔵」

「ニンニク」

「……唯一無二」

「芋粥」

「……天変地異」

「後ろ盾」

「……烏合」

「浦島草」

「……今日」

「水滴」

「……スパイス」

「ストレス」

「……スペース」

「ステルス」

「……スタンス」

「煤」

「……コンパス」

 『す』で始まり『す』で終わる言葉を諦めた男。

「水月湖」

「……キャンバス」


「タイム!」

 そう叫んだのはメリス。

「これ、無限に続くよね。縛りを課さない?」

 この提案は最初から提案されたものではないため、断れば追加はされない。しかし男は、

「……一理あるる。認める」

 認めてくれた。内心面倒に思っていたのだろうか。

 メリスはレイヴンの方を見た。

「公平を期すために第三者の意見を求めたい。何か課して?」

 顎に手を当てて考えるレイヴン。

「それじゃあ、六文字縛りで。はい、再開!」

 言うと同時にパンッと手を鳴らした。


「キャンバスの次か。……快進撃」

「……売上高」

「救急」

「……芋蔓式」

「握手会」

「……シェークスピア」


「ふははは」

 仮にも症状を治そうとしている人がする顔ではない顔をするメリス。

「それは……七文字だ」

 男は目を見開いた。ように感じた。仮面で見えはしないが。

「まあまあまあそんな煽るのはやめようメリス。悪いよ。顔」

 レイヴンは、男に見えないようにメリスの顔を怪我をしていない方の手で隠した。

「私の顔、見える?」

 レイヴンの手を押し退けながらメリスは男に近づく。

 男は喋らない。しかし、徐に仮面を取り、メリスを見た。

 初めて明かされる男の素顔。口の横には傷。目は、真っ直ぐメリスの目を見ていた。

「これは誰の指示だ? 国王か?」

 アキが横から男に聞いた。男はアキに向き合った。

「それは言えない」

「やはりな。なら、依頼主から詳細は聞いているか」

「それも言えない。が、目を治してもらった恩はある」

「でもそれは、私が悪化させたからなわけで」

 メリスの言葉に、男は首を振り、再びメリスに目を合わせた。

「元から悪かったが、あんたが治したことで前より見えるようになった。あんた、目が見えるということがどれだけ素晴らしいことか分かるか? 一時的に見えなくなったとはいえ、これについての礼はしてもしきれない。依頼主を裏切ることはできないが、その代わり、二度と、あんたらに危害を加えないと誓う」

「お前が危害を加えなくたって、おそらく仲間がいるだろう」

 男が初めて、フッと笑った。

「そこに関しては問題ない。俺はこれでも、わりと良い地位にいる」

 そう言うと、男は視線を外し、シュッと風を斬る音と共に姿を消した。


「どう思う?」

「ま、国王か、それに近しい人物の差し金だろうな」

 話し合うレイヴンとアキ。

「そりゃそうだろうけどさ、口を割らなかったね。やっぱり信念的なものがあるのかな」

 不思議がるメリスにアキは答えた。

「そんなものないさ。ただ、今後の生計を立てるためにも、な」

 その顔は、少しの憂いを帯びているように見える。

「さあ、城に突撃するぞ。アキ、よろしく」

 レイヴンはアキの肩に手を乗せた。

「仕方ない……と、言いたいところだが、生憎ここで使えるものはない。見てみろ二人とも。城の扉の前なのに門番がいないのは奇妙じゃないか? つまり中で待ち構えているんだ。交戦は避けられない」

 アキは扉を見ながら手持ちの武器を確認する。小さいナイフや、その他細々とした何に使うかよく分からない物が次々と出てくる。

「正面突破か。なんとかなるかな……」

 不安がるメリスを元気付けたのはレイヴンである。

「任せてよ! 俺がいるじゃないか」

「だ、そうだ、メリス。ちなみに僕は途中で別行動を取るかもしれないが、気にせず戦いを続けてくれ」

「初耳なんだけど!」

 焦るメリスにアキが笑いかける。

「安心しろ。レイヴンなら死んでも君を守るだろう」

 だろ、とレイヴンを見た。

「死んだら守れないから死なないよ」

「でも、手……」

「いや、一応包帯は巻いていたけど、七割がた治っているんだ。取ってもいいんだけど」

「早、すぎない……? というかまだ三割治ってないなら取らないで」

 驚異の回復力に少し引くメリス。

「まあサポーター的な役割を果たしてくれているからこのままでいいや。それじゃあ気を取り直して、いざ敵陣へ!」

 剣に手をかけたレイヴンを先頭に、城の扉を開けた。

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