第三話
空にはとっくに月が昇っていた。
アキの「もうすぐ」発言から五分後、急に開けた場所が見えた。入ってすぐの正面には畑、それを囲うように木造の家々。畑の奥には一際大きな建物がある。おそらく長老の家だろう。
「顔パス?」
「いやあ久しぶりだからな。門番に声をかけよう」
村に踏み込むと、外からは死角だったところに門番がいた。門番とは、見えないところにいていいのだろうか。
アキは彼に向かってやあと微笑んだ。
「お久しぶりです。長老はいますか?」
アキと門番の話を笑顔で聞き流したメリスとレイヴンは、笑い声を上げながら走る子どもたちとすれ違いながら、早速アキの先導で長老の家へ向かった。
「見知らぬ来訪者が現れたというのに、ずいぶんと無関心だね?」
レイヴンの疑問に確かにと同意するメリス。そういえば、先程の子どもたちは自分たちに目を呉れることすらなかった。
「大人たちは手を振ったりしてくれてるけど」
「ここの村は国境の山にあるから、人が訪れ易いんだ。それに、僕がここに滞在していたのは少し前だから、さっきの子どもたちは僕のことを知らないんだろう」
すると、レイヴンが挙手をした。
「はい、質問。アキ、今、いくつ?」
ニコリとするアキ。
「それはひ・み・つ、だレイヴン。僕はミステリアスキャラで売っているからな」
自分で言ったら冷めそうなものだが。
畑の横を通り抜け、一目でこの村の長の家だろうと分かる大きな建物に入る。
「お邪魔します」
「お久しぶりです。長老、皆さん」
「るおぉ! 何年ぶりか! よく来たなサキ!」
入ってすぐ、長椅子でくつろぐ、髪がなく長い白い髭を蓄えた、いかにも長老のような見た目の老人が歓迎の声をあげた。
「アキです長老。しばらく見ないうちにおボケになられましたか?」
何にも包まず直球で言うアキ。
「二人とも、こちらが長老だ」
見れば分かる。
「こんにちは! 俺はレイヴン、こっちはメリスです」「どうも」
それを聞いた長老は叫んだ。
「早速やるるぞぉ、宴を! 親愛なるマキとその仲間たちの訪問を祝してる!」
「長老、僕はアキです」
周りにいたお手伝いさんらしき人々は、ザッと一斉に動き出した。
長老の家の応接室に案内された三人。その部屋は、似たような可愛らしい服装の四人が描かれた絵画や、それが表紙を飾る本や刺繍された布などで壁が埋め尽くされていた。
「これ、なんだろ」
「おそらく、長老の趣味だろうな。四人組吟遊詩人だ。僕がいた頃も多少はあったが、最近は有名になって売られる品の種類も増えてきたんだろう」
「自分の部屋とかないの?」
「もう入らないからこちらまで侵食しているんじゃないか?」
「へー。そういえばさっきの長老、他の人とは比べものにならないくらいの歓迎だったね」
メリスの言葉に、レイヴンも同意する。
「そんな頻繁に旅人が出入りしといて、毎回宴やってたらキリないでしょ」
「僕は結構長い間ここにいたからな。長老にもいろいろ教えて頂いたし」
そう言いながらぽけーっと壁を見るアキ。教えられたのは処世術か、はたまた四人組吟遊詩人の魅力か。
などと話していると扉が開き、先程長老の横にいた女性が入ってきた。
「準備が整いました。広間へお越しください!」
女性について行くと、だんだんとガヤガヤした音が聞こえてきた。
女性に扉を開けてもらって、広間へ入る。
「アキさんと愉快な仲間たちの登場です!」
女性はどこからともなく取り出した『本日の主役』と書かれたタスキを三人にかけた。
「……誰? 愉快な仲間って」
「大丈夫安心して。君たちは愉快だ」
「待って。それも心外」
小声で言い合いしながら長老の前に来る。
「長老、僕らのためにこのような催しを開いていただきありがとうございます。我々三人はこれからも、山を越え谷を越え、協力して旅を続けてゆきたいと思います」
「……俺たち、今日初めて会ったんだよね?」
「まるでずっと旅を続けてきたみたいに言うね」
アキの後ろでこそこそする二人。そういえば、この三人は今日がほぼ初対面の集まりである。
「る立派に旅を続けてきたようで何よりじゃ。さあ、好きなだけ飲み食いせい。そして寝床も用意してある、安心して飲むるがいいぞ」
「やった、タダ飯だっ」
「メリス、そういうのは心の中に留めとくもんだよ」
否定はしないレイヴン。
そんな二人のことは無視して、アキは一人、長老と向き合った。
「長老、お変わりないですか」
「お替わり? あるぞ、じゃんじゃんる食え」
「違います。僕がいなくなってから、体調など崩してないですかと聞いたのです」
「ふむ。多分平気だと思うぞい」
「いいえアキさん、長老は先月、熱を出し寝込んでいます。そして最近はお年でしょうか、記憶力が低くなっておられるように感じます」
右後ろに控えていた男性が答えた。
アキは長老をジロッと見た。
「長老、それは隠していたのですか? それとも忘れていたのですか」
「忘れていたる」
真偽は本人にしか分からない。長老は左後ろに控えていた女性にケーキを持って来させて食べている。
「それと、メル国製造の、病原菌に対する薬を接種されました」
「それは、先月の熱は病原菌由来のものだったということですか」
「そう判断されました」
「少し、心当たりがあります。少々お待ちを」
アキは、豪快に肉に齧り付いているメリスに声をかけた。ちょっと来てくれ、と不満そうな様子のメリスを引っ張って連れてきた。
レイヴンもついて行こうとしたが、若い女性たちに行手を阻まれている。引き摺られながらそれを見るメリス。
「豪快に食べていたところすまない」
「やめて? 豪快とか。お淑やかだから」
あれはまごうことなき豪快であった。
「そんなことはどうでもよくて、メリス。長老についてどう思う?」
「どうって……いかにも長老だなって」
「違う。症状などの話だ」
「ああ。やっぱり例の病原菌からなる感染症なんだろうなとは思ったかな」
「治せるか?」
「まあ多分」
「それは良かった! そうと決まれば、彼らに説明してこよう」
たった今まで話していた男性に、もしかしたら長老の不調のあれこれを治せるかも、と説明するアキ。男性は怪しがるが、その方法がただの言葉遊びだと分かると乗り気になったようだ。
まあ、ただで飲み食いできて泊まれるんならそのくらいはするか。
そう思ってメリスも近づいた。
長老の部屋に来たのは、長老とその脇に控えていた男女二名、アキとメリス、そして診療所からその治療法を一目見ようとやってきた村医の六名。
「どうも、メリスです。ご飯美味しいです。ご馳走様です。それで、どうしました?」
「特にる何も」
長老に向き合うのをやめ、横にいた男性に向き直る。
「どうしたんですか?」
「年のせいかは不明ですが、記憶がよく飛ぶみたいで。あと、これは関係あるか分かりませんが、先月熱で寝込んだあと、それが例の感染症だと判断され、メル国製の薬を接種されました」
「薬ねえ。まあいいや、一旦やってみますか。長老、言葉合わせって遊びを知ってますか?」
言葉合わせ、つまり以心伝心ゲームのことである。お題に対して全員で同じ回答をすることを目指す、初対面の人と行うには少々向かない遊びである。
「おお、懐かしいのるぉ。ここの子どもはその手の遊びは一通りやっている。もちるろん、わしもその一人だ」
「良かった、説明の手間が省けます。それじゃあお題、出してくれる?」
メリスはアキを向いて言った。突然言われて困るとは言いつつ、考えてくれる。
「じゃあ、動物といえば? せーの」
「コヨーテ!」「クマ」
長老とメリスが同じタイミングで違う単語を挙げた。
微妙な空気が流れる部屋。
「なんですかそれ……?」
「イヌ科イヌ属に分類される食肉類のことじゃる」
「山育ち、怖い……」
すでに長老の空気の読まなさを感じたメリス。
「や、やめようこのお題は。それじゃあ次のお題は、スープといえば? せーの」
「コーンポタージュ」「サムゲタン」
合わせる気が感じられない回答。
「なんじゃそれは……?」
「東洋のスープです。丁度思い出して」
「合わせましょうよ! 互いに歩み寄って!」
村医に言われちゃあ仕方ないとメリスは考える。相手は、自分のテリトリーならマイナーなところをついてくるようだ。対して、そこまで詳しくないことについてはメジャーなことを言ってくる。ならば、こちらのテリトリーかつ相手のテリトリーではないお題のときを狙ってやるべきだ。それ以外は捨てよう。
「いいよ、次のお題」
「次のお題は、グループといえば? せーの!」
これは、確実に先程みたあれだろう。
「
しまった! 名前を聞いておくんだった。
「惜しい! 思いついたものは同じでした! さあ、次もこの調子でいけるか!?」
実況し始めたのは村医である。愉快な村医がいるものだ。
「次のお題に行きます。恋人に求める条件といえば? せーの!」
難しい! ここでこれを持ってくるかアキ。
考えなければ。長老というのは、村をまとめる存在。だから求めるのはリーダーシップや人望がある人のはず。そんな人が求めるのは己を高められる人物か、それともたまには休んでもいいんだよと言ってくれる優しい人物か。……今日の長老を見た感じ、意識高い系ではなさそうなので後者だと仮定すると、『優しい人』……これでは抽象的か? 具体的にするとなると……さっき、長老は何をしていた? そうだ、控えていた人に己の近況を話させ、自分はむしゃむしゃとケーキを食べていた。その他にも皿にはたくさんの料理があった。と、なれば。
「ご飯を作ってくれる人!」「ご飯を作ってくれる人!」
メリスの、完全勝利である。
「いったああああ!」
叫ぶ村医。
「よくぞ分かったな! なんだか頭がスッキリしている。礼を言うぞ! アキも、彼女を連れてきてくれて感謝しているぞぉ」
「長老も感激のあまり目が潤んでいます!! メリス選手、素晴らしい手腕でした!」
長老の横に控えていた男性と固い抱擁を済ませた村医は袖で涙を拭いている。彼以外誰も、目を潤ませてすらないが。こんなに感受性が豊かで、村医が務まるのだろうか。甚だ心配である。
「長老、名前……! ボケが解消されたんですね!」
やっと名前を呼んでくれて嬉しくなったアキは、「やはり、後遺症によるものだったか……」と呟いた。
ほっと一息ついたメリスは、一年分思考したので一足先に広間戻るね、と去っていった。村医も、面白いものを見させていただきました、しかしまだ営業中なので、と帰っていった。
長老が本来の様子に戻ったことに騒ぐ従者二人の邪魔にならないよう、アキもそっと部屋を出て、広間に戻り宴に再度参加した。ちら、とずっとここにいたレイヴンを見れば、少々不貞腐れた様子である。
騒がしい宴が終わると、三人はそれぞれ与えられた部屋で眠りについた。
その夜、レイヴンは夢を見た。
+++++++
ヘー国最東の街の孤児院には、約二十人の子どもたちと、四人の「おかあさん」が、ともに家族のように生活していた。その子どもたちの中で、レイヴンの年齢は上から三番目であった。
レイヴンが室内で下の子たちに文字の読み方を教えていると、窓の外から声が聞こえた。
「来たぞ、レイヴン!」
それを聞いたレイヴンは目を輝かせた。
「今行くよ!」
下の子たちに「ごめん、ちょっと行ってくる」と言いながら走って声のもとへ向かう。途中で、立て掛けてあった木製の剣を引っ掴んで。
「兄ちゃん!」
そこにいたのは、丈夫だがくたびれた長いマントで身を包んだ、レイヴンより五つほど年上の青年。レイヴンが寄ってくるのを見ると、口をニヤリとさせた。
「元気か?」
「ああもちろん」
「この前持ってきた本はどうだった?」
「あ、持ってくるの忘れた! けど読んだよ。あれはなかなか興味深い」
「だろ。なら次は下巻を持ってこよう」
「頼むよ! で? 今日は何する?」
持ってきた剣を青年にチラチラ見せながら問いかける。
「まあ落ち着けよレイヴン。俺は七日ぶりに来たんだぜ、ちょっと休憩くらいさせろよ」
「でも兄ちゃんは体力なんて無限にあるようなものだろう」
「気持ちの問題だよ。まあいい、そんじゃレイヴン、成果を見せてみろ」
言いつつ、そこにあった椅子に座る。
レイヴンは頷いて、剣を構える。一呼吸置いて、地面に立てていた丸太を横に一斬りしてみせた。
「おお、なかなかやるじゃないか」
青年は拍手した。
「ただ、踏み込みをもうちょい速くした方がいいかもな」
「なるほど」
目を閉じてイメージトレーニングをし始めるレイヴンを、青年はじっと見つめた。
「レイヴン」
「ん?」
目は閉じたまま青年の方を向く。
「お前、なんで剣なんかやるんだ? 傭兵になりたいわけでもなさそうだし」
先日、少しばかり剣の心得のある若者たちが名を揚げるべく数人のグループがこの街を出発した。確かレイヴンも彼らとそれなりの交友関係だったはずである。
「あいつらじゃお前とのお供に相応しくなかったか? まあ確かにレイヴンのが余裕で強いと思うが」
「俺の方が強いのはそうだけど、理由はそうじゃない。だって傭兵なんて面白くないじゃないか。しかも掃いて腐るほどいる」
「だったら理由はなんだ?」
レイヴンが青年に目を合わせた。
「金で雇われる剣士なんかより、一個人のために戦う剣士になりたいんだ」
「金は嫌いか?」
「嫌いじゃない、けど。それだとこの前のあいつらと同じになるじゃないか」
青年はくっと笑った。
「あいつらと俺は違うってか? いいねえ。そういうオリジナリティを求める感じ、嫌いじゃないぞ」
「そんなの求めて……」
「まあいいさ、その"一個人"の忠実なる用心棒になるってんだろ? いいねえ。誰だか知らないが、どうやらお前ん中では決まってる様子だしな」
ニヤつく青年にそっぽを向くレイヴン。
「だがなレイヴン」打って変わって真剣な顔をする青年。「剣士ってのはただ人を守ることしかできないんじゃない。反対に、殺すことだってできるんだ」
レイヴンは振り返った。
「そんなの知ってるさ」
「いいや知ってないね。お前はただ、その人を守れればいいやと思ってるだろ?」
沈黙は肯定である。
「それは大前提だが、闇雲に攻撃してちゃいかん。まあごく稀に、こいつは殺さねばならんってやつもいるが、それはあくまでごく稀だ。それはお前の判断に任せる。しかし危害を加えるってなると、相当ここにダメージを負う。そいつの少しでもいいところが見えちゃうと尚更な」
心臓を親指で差しながら言う。彼はまるで、経験談かのように話す。
「やったあとに、本当にあれで良かったのかと思うこともある。だが過去は取り返せない。だから、そんなときは行動で示せ。いいな」
レイヴンは神妙に頷き返した。
よ、と青年は真剣な顔を緩めて椅子から立ち上がった。
「この後用事があるからな、俺はもう行くぜ。楽しかったよ。あ、そうそうこれ、お前にやるよ」
青年が荷物から取り出したのは一冊の、古くて黒ずんでいて汚い本。
「剣の指南書だ。次会うときまで、これで練習しとけよ。ただこの指南書、内容は非常〜にいいんだが、なんだか気に食わないんだ」
「どういうこと?」
「題名を見てみろ」
『だちょうでもわかる しなんしょ』
「……」
「だろ。しかもこの題名のくせに内容は理論やら何やらを駆使してくるから、これも腹立つんだ」
「うわー……。誰が書いたのそれ」
「俺の兄貴分だ」
「知り合いかよ!」
「しかも俺に向けて書いた」
「いいんだか悪いんだか。……そんなの俺がもらっちゃっていいの?」
「全く問題ない。俺は既に全て理解した」
「じゃあ遠慮なく! ありがとう兄ちゃん!」
「おう。じゃあ、行くな。……また会う日まで、レイヴン」
手を振りながら去っていく青年。いつもは振り返らないのに、今日はなぜか一度だけ振り返った。
それ以来、青年は一度もここへ来なかった。
彼がレイヴンに遺したものは、剣や剣士の心得あれこれと、前回持ってきてくれた本(上巻)、そしてその気に食わない指南書である。
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