第2章:「残された光」

プエブラの空がまだ夜に包まれている頃、ソフィアはゆっくりと目を開けた。

体は疲れきって痛みもあったが、病室の静けさが一瞬の安らぎを与えてくれていた。

微かに聞こえるモニターの音と、ほのかに漂う消毒液の匂いだけが、彼女がまだここにいることを――生きていて、母になったことを――思い出させていた。


彼女はそっと頭を動かし、病院の白いシーツに包まれた息子を見た。

赤ん坊は静かに眠っていた。

透き通るような肌、夜のように黒い髪。

目は閉じていたが、ソフィアには分かっていた。

その目を開けたとき、あの日感じたあの深淵なる力が、また現れるのだと。

彼は普通の子ではない――決して。


そのとき、ドアが静かに開いた。


「入ってもいいか?」

かすれた男性の声が聞こえた。


ソフィアは深く息を吸った。

この瞬間が来ることは分かっていた。


「どうぞ、アレハンドロ。」

彼女は声を張らずに答えた。


男はためらいがちな足取りで近づいてきた。

顔色は青白く、無精ひげが目立っていた。

数日間、眠っていないのが分かる――だが、それは出産のせいではなかった。

彼の目は赤ん坊を直視しようとしなかった。


「…具合はどうだ?」

彼が尋ねた。


「もっと良い日もあったわ。」

彼女は皮肉っぽく答え、小さく笑った。

そして赤ん坊を見つめながら、

「でも、これで十分よ。」


沈黙。

アレハンドロは赤ん坊に初めて目を向けた。


「…こんなに小さいとは思わなかった。」


「小さなものこそ、最も強い力を持つこともあるわ。」

ソフィアは優しく言った。視線は息子から外さなかった。


アレハンドロは黙り込んだ。

手で髪をかき上げ、深く息を吐いた。


「ソフィア…話をしないといけない。」


彼女は視線をそらした。

もう分かっていた。

数週間前から、彼の電話が途絶えたその時から。


「…他に家族がいるのよね?」


彼は目を閉じ、苦しげにうなずいた。


「…妻がいる。子どもも二人。

俺たちのことは…最初から間違いだった。」


ソフィアは沈黙した。

モニターが彼女の心拍を刻む。

規則的に、静かに――まるで彼女の魂が砕けるのを拒んでいるように。

彼女はもう一度、赤ん坊を見つめた。


「…認知する気はある?」


「無理だ。…ソフィア、本当にすまない。

もし妻に知られたら、すべてを失う。そんなこと、できない。」


ソフィアは皮肉な笑みを浮かべた。


「そう…君の子どもたち、君の名前、君の完璧な家庭。

じゃあこの子は? この子は君にとって何?」


アレハンドロは唾を飲み込んだ。


「…過ちだ。けど…奇跡でもある。そう思ってる。

…憎まないでくれ。」


ソフィアは彼の方を向いた。

涙で満ちた目。でも声は揺れていなかった。


「憎んでないわ。だってあなたのおかげで、私はこの世で一番美しい存在に出会えたから。

この子は…特別なの。ただの“母親の気持ち”じゃないのよ。」


「どういう意味だ?」


ソフィアは少し迷ったが、やがて低い声で告白した。


「この子を腕に抱いたとき、世界が小さくなった気がしたの。

その泣き声は…普通じゃなかった。壁が震えるような音だった。

部屋の中に奇妙な光が走った。影も見えた。

幻覚じゃない。

あの瞬間、何かが目覚めたの。」


アレハンドロは一歩後ろへ退いた。


「ソフィア…」


「私は狂ってなんかない。

うちの家系には“感覚”があるって、あなたも知ってるでしょ?

祖母は治療師だったし、母は“視えていた”。

私も昔から感じてた。でも今回は違う。

ロベルトの中には…何かがある。眠れる炎のようなもの。

この世界がまだ理解していない力よ。」


アレハンドロはうつむいた。

恐れと後悔の狭間で揺れていた。


「…ここにはいられない。でも…君のことは信じてる。

君が普通の女じゃないことも。

この子を導けるのは…君だけだ。」


ソフィアは息子を優しく抱きしめた。

一粒の涙が頬を伝う。


「あなたが残らなくてもいい。

でもこの子には、愛と導きが必要なの。

それは絶対に欠けさせない。たとえ私一人でも。

たとえこの世界が彼を拒んでも。

私はそばにいる。最後まで。」


アレハンドロは最後にもう一度赤ん坊を見た。

その目には、悲しみと臆病さが宿っていた。


「…頼んだよ、君がたった一人の味方だから。」


彼は去っていった。


ソフィアはもう泣かなかった。

泣く必要がなかった。

夜明け前の静寂の中で、彼女は息子と二人きりだった。


「ロベルト…あなたは、私に残された光。」

彼女はささやいた。

「私はその光を守るわ。たとえ神々を敵に回しても。」


赤ん坊はゆっくりと目を開けた。

灰色のその瞳は、深く、神秘的に輝いていた。

その瞬間、病院の灯りがかすかに揺れた――。

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壊れた扉:二つの世界に跨る半神の戦士 @Adolfo

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