壊れた扉:二つの世界に跨る半神の戦士

@Adolfo

第1章:起源の残響

 2003年5月16日、曇りがちの午後、時刻は3時33分。

 霊的世界において、そして現世においても最強となる男がこの世に生まれた。


 風が激しく吹き、プエブラの質素な病院を囲む木々の葉を揺らした。自然そのものが、今まさに起こるであろう壮大な出来事を予感しているかのようだった。遠くでは雨音が静かにしのび寄り、神秘的な雰囲気を空間に漂わせていた。


 産室では、ソフィアが我が子を抱きしめていた。その小さな体を包む光は、ほとんど触れられそうなくらいに鮮やかで、空気すら揺らしていた。医師たちは目を見張るばかりで、異常な光景に言葉を失っていた。しかし、疲労困憊のソフィアだけは、息子に不思議な安心感と深い絆を感じていた。


 そのとき、急遽呼び出された年老いた先住民の司祭が扉をくぐり、産室に入った。彼の視線はまっすぐにロベルトに注がれ、厳かで静かな沈黙が場を支配した。


「彼だ」と司祭は、重く落ち着いた声で言った。「今夜、二つの世界の子が生まれた。」


 涙を浮かべたソフィアは怯えながら問いかけた。

「どういう意味ですか……この子は、一体どんな存在なのでしょうか?」


 司祭はゆっくりと歩み寄り、しわだらけの手をロベルトの小さな胸に優しく当てた。

「この子はただの子ではない。古の神々と戦士たちの血が流れている。そして我々の世界と霊的世界をつなぐ架け橋となる。両世界の均衡を変えうる運命を背負って生まれてきたのだ。」


 ソフィアは赤ん坊を胸に押し当て、必死に理解しようとした。

「でも、どうして彼なのですか? なぜ私の息子なのですか?」


 司祭は目を閉じて、長い沈黙を経て語り始めた。

「彼はイツコアトルの血を引いている──我が民の戦士であり指導者だ。そして陸ははるか海を越えたギリシャの血筋──忘れられた秘密と力を宿す者。彼はまさに半神。両世界をまたぐ者だ。そしてその誕生は見過ごされなかった。」


 ソフィアは柔らかな光に包まれる赤ん坊を見つめ、震えながらも問いを続けた。

「彼の生命は……脅かされるのでしょうか?」


 司祭は慈しむように微笑んだ。

「いいえ、母よ。しかし覚悟せよ。彼は重大な責務を負い、想像を超える力と対峙しなければならない。」


 ソフィアは恐怖と誇りが混じる心境を吐露した。

「彼を守るためなら、私は何でもします。」


 司祭は厳かに頷いた。

「では彼の道を歩ませよう。物語は今、始まったばかりだ。」


 ロベルトに視線を戻し、司祭は再びつぶやくように言った。

「ソフィア……君が知っておくべきことがある。」


 ソフィアは息を呑み、赤ん坊を抱きしめる手に力を込めて答えた。

「はい、お願いします。」


 司祭は続けた。

「ロベルトが18歳を迎えるとき、彼の力は完全に覚醒する。その大いなる強さは、今はまだ抑えられているだけだが。」


 ソフィアの肩に冷たい震えが走った。

「そのとき、いったい何が──?」と声を震わせた。


 司祭は深く息を吸い、慎重に言葉を選んだ。

「もしも正式な訓練も導きもなく暴走すれば、その力は彼自身をも焼き尽くすだろう。制御なき力は全てを破壊する。」


 ソフィアは嗚咽を抑えながらも訊ねた。

「どうすればいいのですか……彼をどう守れば?」


 司祭の瞳には千年の叡智が宿っていた。

「霊的世界の守護者たち──古代から続く戦士や教え導く者──を探し出せ。彼らがバランスの道を彼に示してくれるだろう。しかし知っておかなければならない……この世界には、彼よりも強大なエネルギーと肉体を持つ者たちが存在するのだ。」


 ソフィアの眉が寄る。

「彼より強い者がいるのですか?」


 司祭は静かに肯いて言った。

「そう。生涯をかけて力を磨いた者たち、想像を超える壁を越えた者たちが存在する。ロベルトはその“隠された巨人”たちと対峙せねばならぬ。そしてその戦いが、両世界の命運を決めるだろう。」


 ソフィアは目を伏せて答えた。

「18歳までに準備しておかないと?」


 司祭は頷き、その眼差しには深い優しさと悲しみがあった。

「そうだ。さもなければ彼は曖昧な霊気の中に囚われるか、力を欲する悪意に取り込まれる。だから今から、全力で彼を守り育てねばならぬ──力だけではなく、心と知恵も備えさせるのだ。」


 ソフィアは息を整え、決意を込めて呟いた。

「約束します。ロベルトが孤独な戦士で終わらぬよう、全身で守ります。」


 司祭は敬意を込めて頷いた。

「その約束こそが、最初の盾となる。真の強さとは──力だけでなく、愛し守ろうという意志にこそ宿る。」


 ソフィアは、眠るロベルトを見つめながら静かに言った。

「大丈夫よ、あなたならきっと──」


 司祭はそっと扉へと足を運びながら振り返った。

「ここだけの話だが……彼は霊的世界ではすでに転生し、日本で“アマヤ”という女守護者のもとで、偉大な武道の師タケシに育てられた。今もタケシは霊界の山間に存在し、彼の帰りを待っている。」


 ソフィアは驚きの息を漏らした。

「日本に……その方は、今も彼のために?」


 司祭は静かに頷いた。

「ええ。霊的世界の多くが崩れゆく中、タケシは信念を守り、彼を導くためにそこにいる。その場所は厳重に封印され、選ばれた者しか近づけぬ。だがいつかはロベルト自身がそこに赴き、再会しなければならぬ日が来るだろう。」


 ソフィアは涙を抑えつつも力強く目を見開いた。

「わかりました……いつの日か、彼はその場所を、自分の意志で、歩いて行くのですね?」


 司祭は肯き、優しく微笑んだ。

「そうです。準備ができた彼は、自らの意志で霊の国へ赴く。そのときこそ、本当の意味で“二つの世界を跨ぐ戦士”として歩み始めるのです。」


 そのまま、司祭は静かに産室を後にした。ドアは静かに閉じられ、部屋には赤子の寝息だけが響いた。


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