現実世界のシール
ちびまるフォイ
シール加工されている世界
「すごい絶景だ!!」
遠路はるばる電車を乗り継いでやってきた。
観光名所の絶景は苦労をふっとばしてくれる。
「写真とっておくか!」
写真撮ってみるが画角に収まらない。
この素敵なパノラマビューの感動は現地でしか味わえないのか。
「はあ、こんな絶景が気軽に楽しめたらなぁ」
ふと足元を見たとき、何かがめくれている。
それはシールのめくれたはしっこのよう。
「なんだろう……」
めくってみるとベリベリと剥がれ、
観光名所の絶景の表面が1枚のシールとして剥がれてしまった。
表面を失った観光名所は空虚な灰色の謎空間。
貼り付け直す方法もわからないので、
怖くなって家に持って帰ってしまった。
「風景剥がして持って帰っちゃったけど……。これどうしよう」
丸められていた風景のシールを広げる。
試しに壁に貼ってみるとこれがいい。
「わぁ! 観光名所の絶景そのものじゃないか!!」
自宅の部屋でベッドに寝転がりながら絶景を満喫できる。
こんなに贅沢なことはない。
それからしばらく経ったころ。
「絶景とはいえ、同じだと飽きちゃうなぁ」
そこで再び旅に出た。
景色が有名な場所に出向いてシールのめくれを探す。
「お、あった!」
砂漠の絶景。
森の絶景。
山脈が一望できる絶景。
さまざまな場所に行っては絶景を持ち帰った。
「なんて最高な部屋なんだ!! 家が景勝地になったぞ!!」
日替わりで部屋の絶景が楽しめるようになった。
一度観光名所に行きさえすれば、あとはもう家で楽しめちゃう。
現地の感動を部屋で味わえるのは最高だ。
「この絶景部屋で自撮りしたらどうなるんだろ」
スマホを構えて撮影してみる。
とても屋内には見えない写真ができた。
すばらしい絶景といっしょに映っているのは汚い自分。
「……俺、けっこう肌荒れてるな」
自撮りなんてしないから自分のブスさを忘れていた。
美しい風景に映り込む汚物のような自分。
「この顔、なんとかできないものかな……」
悩みつつ顔をかいていると、指先になにか引っかかりを感じる。
それは顔の表面のめくれだった。
「まさかこの顔もシール……!?」
めくれている部分をちょっと引っ張る。
ぺりぺりと顔がめくれていった。
自分はいままでずっとブサイクの顔シールを貼っていた。
シールを剥がせばそこはのっぺらぼうが待っている。
「俺の顔もシールってことは、きっとみんな同じはず……」
ある考えが浮かんだ。
その日の夜に決行を決めた。
警備員に偽装して向かうと、時間通り仕事終わりの男性アイドルが楽屋にいた。
「あ、警備員さん。お疲れ様です。なにか?」
「ええちょっと」
背中に隠していたスタンガンをアイドルに当てる。
びくんとのけぞってから気を失っていた。
「よし、今のうちに……!」
アイドルの顔を触りまくる。
「あった! シールの剥がし面!」
めくれている顔の部分をひっぱってシールを剥がす。
アイドルの顔シールを手に入れた。
自分の顔シールを剥がしてのっぺらぼうのアイドルに貼り替える。
これで顔交換も完了。
急いで家に逃げ帰り鏡を確かめる。
「うおおお! めっちゃイケメンだぁ!!」
鏡に映る自分はもう別人。
あまりのイケメン具合に自分でも惚れ惚れする。
「これで俺の人生はもっとハッピーになるぞ!!」
ふたたび絶景の自室で自撮りを行う。
今度は画角に入っている自分の顔を含めて絶景写真となった。
それからは一気に人生の難易度が下がった。
「きゃーー! 目線もらっちゃった!」
「これ受け取ってください!」
「はっはっは。いやぁ、人生ちょろいなぁ!!」
イケメンの顔を手に入れたことで、
指を鳴らせば異性が黄色い歓声をあげてやってくる。
いくつもの芸能事務所からオファーが来てお金にも困らない。
「顔を変えるだけでこんなに人生楽しいなんて!!!」
次は肌も荒れてきたので、若い人の肌を引っ剥がして貼り付けよう。
自分と背格好の近い人を探すのがライフワークになった。
そんなある日のこと。
収録終わりで送迎車の待つ駐車場へ向かう。
「ったく、マネのやつ近くに停めておけよな……」
ぶつくさ文句言いながら歩いていると、
後ろからいきなり袋を頭にかけられた。
「わっ!? な、なんだ!? 何も見えない!!」
抵抗しようとしたとき、スタンガンを当たられて体がのけぞる。
体は電気でしびれて動けなくなった。
袋で視界は真っ暗。
それでも漏れ聞こえてくる声には聞き覚えがあった。
「やっと見つけたぞ、顔泥棒」
自分の顔の所持者だった。
仲間もいるようで何か話している。
「どうする? 顔を奪い返すのか?」
「いいや、もう芸能生活に戻るのはこりごりだ。
一般人の顔のほうがやっぱり生活しやすい」
「え? それじゃどうして……」
「俺のものを勝手に奪ったことが許せないんだよ」
自分はとんでもない精神性の人間にちょっかいかけてしまったのか。
後悔したところで舌すら動かせなかった。
「皮膚のシールでも剥がす?」
「顔を剥がしてすてちゃう?」
「髪の部分だけシール切り取ってやろうか?」
さまざまな提案がなされる。
「そんなことしたらバレるだろ」
元アイドルはそのどれも却下した。
そして、別の提案をした。
「剥がすんなら、もっと見えないところを剥がさなくちゃ」
アイドルはそっとシールを剥がしていく。
何かが剥がされて失われていくのを感じる。
それなのに体には、なんら変化がない。
いったい何を剥がされたんだ。
「いくぞ」
何かを剥がし終わって、彼らは立ち去った。
しびれが抜けるころにマネージャーが駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
「怪我は!? なさそうですね、よかったです!!」
その後、念のため病院にもいったがどこにも外傷はなかった。
自分でも体をくまなくチェックし、剥がされた部分を探した。
けれど何も見つけられなかった。
「俺はなにを剥がされたんだろう……」
最後までわからずじまいだった。
あるのは心にずっと生まれている空虚感だけ。
家に帰ると、部屋には絶景が待っていた。
自分に熱を上げている美人の異性がベッドで待つ。
鏡には疑いようのないほどイケメンが映る。
それなのにーー。
「なんだろう……何やっても楽しくない……」
世界は灰色のように見えた。
自分の心の感情シールを剥がされんだと悟ったのは、
空虚な世界に限界を感じて自殺する寸前だった。
現実世界のシール ちびまるフォイ @firestorage
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