ドッペルゲンガー
洞貝 渉
ドッペルゲンガー
せめてもの慈悲に選ばせてやる。
お前はどう死にたい?
その人は、群衆の真ん中にぽかりと空いた空間に跪き、光のない目を虚空に向けている。
魔女、と囁かれるその人は、今まで傷や病を癒し、心を癒し、生活をより良くするための知恵を授け尽くしてきた人々から、憎しみと蔑みとわずかな憐れみの視線にさらされていた。
顔が腫れあがり、口の端からは血が垂れ、服とは呼べないボロ切れの下にも無数の傷や痣があるのがうかがえる。
その人は、焦点の合わない眼差しで自らに審判を下した。
わたくしは未熟で愚か者でございます。
わたくしは今の今でさえ、罪の重大さを受け止め認めることが出来ない愚鈍でございます。
そんなわたくしでも、おそらく同じくらいに罪深き者と相対すれば、その愚かさを認識し受け入れることが出来ましょう。
わたくしは望みます。
わたくしと同じ者、わたくしそのものと相対して罪を認識し受け入れたうえで生涯を閉じとうございます。
しかし、わたくしは愚かゆえ、わたくしはそのもの一人と相対しても、その罪を理解できない可能性がございます。
それ故にわたくしは、少なくとも二人以上のわたくしそのものと相対してから死にたく存じます。
慈悲深い皆々様なら、きっときっとわたくしの選ぶ死に方を叶えてくださると信じております。
その人は牢に閉じ込められ、不快極まりない環境の中長い時を過ごすことになった。
その人の指定した死に方を叶えるため人相書があちこちに触れられたが、いつまで経っても見つけることは出来なかったからだ。どことなく似ている者が大量に捕まり、収集されはしたが、最終的には魔女と呼ばれるその人そのものと合致する者は誰一人としていなかった。
民衆の間で、その人の望みが叶うのが先か、寿命が尽きるのが先かと囁かれて久しくなった頃。
その人は牢から出された。ようやくその人の処刑の準備が整ったからだ。
その人は大きな二つの鏡の真ん中まで引きずられ、立たされた。
さあ、見ろ。
愚かで罪深きおまえそのものを二人以上、用意してやったぞ。
松明の光が煌々と辺りを照らしている。
それは新月の夜だった。その人そのものを見つけることが出来ず、鏡を使うという苦肉を民衆に見られないようにするため、処刑は月のない深夜にひっそりと執行されることとなったのだ。そのため広間には処刑を行う者と立ちあう数人の者の息遣いと松明の燃える音と風の音しかない。
炎で光源が踊る中、魔女と呼ばれたその人は鏡の中の自身を覗き込んだ。鏡は合わせになっており、鏡の向こうにその人が幾重にも無限に続いていた。
生気のない能面のような顔をしていたその人の瞳に、光が宿る。
次の瞬間に弾けたように笑いだすその人の声が、静寂を破り夜の広間に響いた。
鏡の中に狂気の光を宿した瞳が無限に増殖し、次いで歪んだ笑みが量産される。
これでわかっただろう。己の罪深さを。
感謝せよ。
望みの通り、おまえそのものと相対して罪を認識し受け入れたうえで生涯を閉じさせてやるのだ。
声を聞きつけた民衆に見られるのではとひやひやとしながらも、厳かな宣言をなす執行人たち。
狂ったように笑い続けるその人へ向かい、剣を抜いた一人が歩みを進めた。
その人は笑い続ける。高らかに、勝ち誇ったように。
ええ、ええ、その通りですとも。
わたくしは罪深きもの。
今まで育んできたもの、関りを持ったもの、全てを恨み、憎み、破滅させることを望んだのですから。
わたくしの魂は永遠に癒されることなく、罪を背負って悪魔の元に在り続けるでしょう!
炎が反射し、振り上げられた剣がギラリと光る。
しかしその剣が振り下ろされることは無かった。
その人を処刑するため鏡の間に踏み込んだ執行人は、一瞬で真っ二つに割かれ、左右それぞれの鏡へと吸い込まれてしまったのだから。
広間に動揺が走る。その人は笑い続ける。
得も言われぬ声が鏡から聞こえてきた。
割かれて鏡に吸い込まれた執行人のものだ。
声は徐々に大きくなり、遂にはそれぞれの鏡の中から声の主が這い出てくる。
割かれた二つの執行人に顔はなく、それぞれが手にした剣を振るって他の執行人たちを次々に二つに割いてゆく。
剣によって割かれた者からも顔が消え失せ、何かを求めるように苦し気に街の方へと歩いて行く。
やがて街に悲鳴があふれ、二つに割かれた顔のないものが量産され、街人の最後の一人が割かれると異常なまでの静寂が訪れた。
魔女と呼ばれたその人は笑い続けた。
二つになった顔のない者たちは世界中に散らばり、これ以上人を割くことは無かったが、代わりに目についた相手の顔を真似て人々の生活に紛れ込んだ。顔を盗まれた人間は、盗んだ二つのものと遭遇してしまうと死んでしまう呪いにかかってしまうという。
魔女と呼ばれたその人は、笑う。
いつまでもいつまでも狂ったように笑い続ける。
ドッペルゲンガー 洞貝 渉 @horagai
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