第8話 間話 意外な進展


 放送室はこの日のために改造して結構居心地がいい。と言っても、各教室の電圧が足りなくてエアコンの導入はできなかったので古いストーブを活用している。

 メラメラ、パチパチと聞こえる音は少しばかり私の心をリラックスさせてくれた。もうあんなに興奮していた心臓は静かに脈打っている。萌実を虐め殺した女の無様な最後を自らの目で見届けて最高な気分だった。

 あとは、金魚のフンたちの処理だが……。


「え、護衛成功……?」


 私のシナリオではここで、誰かが死ぬはずだった。人狼からみて序列の高いあの子かななんて思っていたけれど、まさか騎士の護衛とそれが噛み合うなんて。


「唯ちゃんの勘が鋭すぎるな」


 唯は、私が少しだけ期待していた子だ。彼女は賢いし世渡りもうまい。その上、ミカという圧倒的強者の影に隠れていた彼女は帝王学みたいなものを身につけているのかもしれない。

 なにより、まさかこんな状況で冷静になれるなんて期待以上だった。澄子のように怯えてなくばかりとか、凛花みたいに感情的になったりだとか。でも、唯ちゃんは勇気を出したんだろう。

 教室の監視カメラには唯が写っている。もう泣いていない、ただ凛として他のメンバーを見つめていた。彼女は目立たないけれど美人で、真面目そうで。きっと、大人の人たちには好かれるような生徒だったんだろう。

 けれど、IQが高い理子よりもまさか唯ちゃんがここまで活躍するとは思わなかった。覚悟を決めた人間の強さをみた気がする。


 教室の監視カメラの映像を見つつ、四人のプロファイルを眺めていく。正直、ミカという頭を失った虫が動いているような状態に近いが、次の会議で全てが決まる可能性がある。人狼は次の会議の処刑に選ばれなければ、ほとんど勝利が確定する。処刑で残り三人、次の襲撃の選択肢は二択で成功する。もしも、騎士が人狼を守れば絶対に成功する。襲撃が成功すれば人狼とそれ以外が同数になり人狼陣営の勝利だ。


 私のシナリオでは、全員が死ぬようなことになっているが……唯ちゃんが思いのほか優秀なせいで風向きが変わってきた。プランBも用意しているので私の復讐が失敗することはないが。

 人狼が生き残ってしまうパターンを複数考えつつ、私は少しだけ怒りに近い感情が唯ちゃんに足しいて沸いているように感じていた。

 どうして、唯ちゃんはあんなに優秀だったのにミカなんかに従っていたの? 萌実が死ぬまでその勇気を出さなかったの?



***



「成実、どうして学校に行きたくないんだい?」


 ダイニング、テーブルセットは四人用で父と母が隣に並び私たち双子と向かい合う形だ。父はそこそこ大きな企業で働くサラリーマン。母は非正規雇用だがフルタイムで事務員として地元の企業で働いている。

 父と母、それから父方の実家の援助もあって立てた戸建は「建売り」という比較的安価なタイプの家だった。もちろん、居心地が良いし治安もいい。ベランダが狭いことだけが不満で母がよく洗濯物が飛んでいってしまったと嘆いていた。


——もっとお金があれば、お庭の広い戸建を買って広々とお布団も干せるのにねぇ

 

 元々、うちは家計的に一人っ子の予定だったけれどいざエコーを見てみるとお腹の中には二人。父と母は同時に二人分の費用が大学卒業までかかり続けることを腹に決めて私たちを産み育ててくれた。

 どんなに覚悟を決めても「子ども一人分」の金銭計画が「二人分」でしかも二人分一気にかかるものだからかなりの節約を余儀なくされた。

 車は売って中古の軽自動車にしたそうだし、父は土日も警備員のアルバイトをして家計の足しに、母も保育園が見つかってからはすぐにフルタイムに復帰した。だから、私と萌実は必然的に一緒に過ごす時間が多かった。



「だって学校は勉強のレベルが低いし、お友達も正直頭が悪くてついていけないから」


 父と母は顔を見合わせた。目立った問題も起こさず、テストも毎回満点。優等生だった私は「神童」なんて呼ばれていた。難関資格への合格、注目を浴びる存在だったけど小学校に通うのは思った以上に体力を使う。同級生のくだらない会話や選択を見ていると反吐がでるし、私には理解できないような言動を取ったりする。

 それは、教師もそうだった。教師として取るべき行動よりも感情を優先する人、先週とは違った主張を当然のようにして生徒たちを混乱させる人。中には、生徒をよくない目で見ているような人だっている。子供にはわからないだろう、子供にはバレないだろう。そんなふうに考えているのが透けて見えてゾッとした。

 生徒たちの自主性なんかよりも自分の意見や思想を植え付けようとする先生が多くてうんざりする。私の担任教師もそうだった。


「お姉ちゃん、学校は楽しいよ?」


 萌実は心配そうに私の手を握った。彼女は私と違ってテストはゼロ点だったこともあるしお友達と喧嘩をして学校に両親が呼び出された事もある。どちらかというと劣等生で面倒のかかる子と言われる事も多かったように思う。

 

「私は楽しくないの」

「なんで?」

「言ったじゃん。みんな馬鹿で話も合わないし先生も信用できないからだよ」

「でも萌実はそんな風に思ったことはないよ?」

「萌実はそうでも私は違うもん」


 自分の気持ちなど誰も分かりっこないと思っていた。

 両親ですら「学校に行くことが正義」みたいな顔で私に説教をしたっけ。どうして、みんなわかってくれないんだろうか。例えば、大人が幼稚園児と一緒に幼稚園の授業を受けてくださいと言われたらストレスに感じるし不相応だと思うはずだ。


 萌実は、「普通」の子で、私は「普通じゃない」子だから。双子なのにどうして? と思っているんだろうな。と両親の顔を見て私は感じた。

 一方で萌実は私の顔を見て、それからじっと考えて、またぎゅっと私の手を握った。


「そっか……お姉ちゃん。じゃあ、学校には行かないでお家で萌実と一緒にいよう? 学校が終わったらすぐに帰ってくるから!」

「えっ、萌実は私に学校に行けって言わないの?」

「だって、お姉ちゃんが行きたくないならそれが一番でしょう? 私はお姉ちゃんみたいに頭が良くないからわからないことも多いけれど、でもさお姉ちゃんが嫌なら行かなくていいと私は思うよ」

「学校に行けない子は悪い子でしょう?」

「ううん、お姉ちゃんは悪い子じゃないじゃん。萌実は知ってるよ!」


 えへへ。と笑って見せた萌実の手を私もぎゅっと握った。両親は少し複雑そうな顔をしていたが、萌実の笑顔を見て


「ならゆっくり、向き合ってみようか、成実」


 と言ってくれた。


それから、学校にはあまり行かなくなった。時たま、保健室登校をしたりした。萌実と一緒なら登校だって嫌な気分にはならなかったし、保健室で自分のレベルの勉強をするのも楽しかった。

 保健室の先生は小さい赤ちゃんを育てながら復帰したキャリアウーマンで、私の勉強も見てくれる優しい女性だった。


「成実ちゃんは理系ね〜。先生もそうだったんだけれど、お医者さんとか向いているかも?」

「お医者さん? でも先生はどうして保健の先生に?」

「うーん、看護師になったのは学費が安いからっていう理由ね。ほら、医学部って六年もある上に少しでも単位を落とすと留年になって馬鹿みたいに学費がかかるのよね。あ、そこ引っ掛け問題よ」


 共通テストレベルの問題を解きながら、先生の愚痴を聞く。赤ちゃんを産むと髪の毛がぱさついたり体の骨が弱くなったりして色々と大変らしい。

 私の母はその二倍だったんだからきっとすごく苦労したはずだ。


「先生。どうして私と萌実は同じクラスになれないの?」

「うーん、教員のことは正直わからないっていうのが正解なんだけれど……きっとルールなんじゃないかな。同級生の兄弟姉妹は基本別のクラスになってる気がする。成実ちゃんは萌実ちゃんと仲良しだもんね」

「うん、萌実と一緒なら学校も頑張れると思う」

「そっか、じゃあダメもとで担任の先生に言ってみるね」

「ありがとう。どうせ、教師が見分けられないからとかそういう理由なんだろうし。同じ教室なら授業参観やクラスの保護者会で私のお母さんが苦労することもないのに。バッカみたい」

「大学まで行けば、クラスっていう概念がなくなるから一緒に授業を受けられるね。でも、同じ大学に行くためには萌実ちゃんにお勉強頑張ってもらわないとね」

「それが一番の難関かも……萌実はすごくいい子だけれど成績はビリから数えた方が早いし」

「成実ちゃんがいるでしょう? きっと、二人は支えあって生きていけるように得意な部分が違うのよ。成実ちゃんが得意なことは萌実ちゃんは苦手だけど、その逆はどう?」


 その言葉にやけに納得が言った。確かに、双子の不思議というのは世界中で研究されているし私だって萌実との間に感じる不思議は多くある。

 私ができること、萌実ができること。私が持っているもの、萌実が持っているもの。

 どれも二人でいれば補完しあえることだった。


「先生、ありがとう」

「何よ、急に。あっ、成実ちゃんもうドリル終わったの? じゃあ次はこっちの化学やってみよっか」

「はーい」



 週に一度、保健室に登校して萌実が下校時間に迎えにきてくれるのを待つ。まだ小学校の頃は周りが幼かったからこれでよかった。

 けれど、中学に上がるとそれも難しくなった。学校の中には「不良」と呼ばれる人たちがいたり、後輩生徒にくだらないいじめをする先輩、先輩になったら同じことをする人たち。くだらないいじめや恋愛で右往左往するような人たちをみるのも嫌になってしまったのだ。


 何よりも、中学からダンス部に入った萌実を邪魔したくなかったのだ。私に合わせて彼女が部活を楽しめないなんてことはあってはならないのだから。

 中学はほとんど登校せず、高校はもちろん受験すらしなかった。両親に買ってもらったPCを使って海外の大学の論文や研究を読んだりして暇潰しをする日常だった。



***



——今は、自分の選択を後悔している。私が萌実の隣に立って彼女を守るべきだったんだ。



「ボス、処理が完了しました」


 男に声をかけられて私は我に帰る。目出し帽姿の男はそういうと契約書が表示されたタブレットを差し出してくる。私はそれにサインをして突き返した。


「次の準備もしておいてね。次は短時間で二人分かな」

「はい、ボス」

「あと、交代でちゃんと休憩は取って。一階にスペース確保したでしょ」

「ありがとうございます。ボス」


 男が出ていくと、私は再び教室の監視カメラ映像に視線を戻す。女子高生たちはある程度の距離を保ちつつ冷静なままだった。

 さぁ、そろそろ始めないとね。次は誰が犠牲になるのかな。


 私は放送のスイッチを入れた。


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