第9話 混乱と人狼


 二回目の会議は、最初の時よりも冷静な状態で始まった。私たちは教室の真ん中に集まって椅子を置いて座っている。それぞれの吐息が白くなるほど教室の中は冷えていて、私も寒くて手を擦り合わせていた。


「騎士が守ってくれたから残り四人。ここで人狼を吊れば……騎士と市民は助かる。狂人と人狼は死ぬ」


 理子が整理するように言った。私は、彼女が「狂人がミカで死んでいるかもしれない」という視点が抜けていることに気がついたが指摘せずに頷いた。


「凛花、澄子。話さないとペナルティがあるかもしれないから、今回はちゃんと話し合おう? 人狼を探そう」


 澄子と凛花は私の言葉に頷き、そして理子が教卓に置かれていたスマホを手に取った。

 これは先ほど、目出し帽の男が置いていったものだ。可愛らしいピンク色のスマホケースの後はスケルトンになっていて、私たち五人で取ったプリクラがいくつも挟んである。ミカのスマホだった。


「暗証番号は……解除されてるか。うちらのスマホ改造されてるもんね」


 理子がスマホをスワイプするとミカと彼氏の写真が設定されたホーム画面が表示された。私たちはそれを覗き込むように囲んだ。


「萌実のお姉さんはミカが何か知っているみたいに言ってたよね。ってことは萌実との個別メッセージか」


 メッセージSNSを開くと、そこには何もなかった。というのも、ミカは萌実と個人でやりとりはしていなかったようで、年月をみると高校一年の最初の方だった。多分、ダンス部一年生で交換をした時のままなのだろう。


「あれ、何もやりとりしてないね」

「理子、ミカは人狼じゃないってことだからもしかしたらスマホに何もないんじゃない?」


 凛花に言われて理子は「確かに」と不満げな顔をした。そのあと、私たちは念の為ミカのスマホに保存されていたSNSや写真などを見たが……私たちの写真や個人情報を彼氏とやりとりしているものばかりで萌実に関することはほとんどなかった。


『まーくん、今日も撮れたよ』

『ミカは優秀だなぁ。一軍女子高生の写真って需要高いんだよね』

『ね、今週末いいよね? いつものやつ』

『うーん、高いんだぜ? じゃあ、今度は動画頼むよ。お前なら女だし楽だろ、更衣室とかトイレとか』

『わかった』



 ミカが彼氏とするメッセージSNSのほとんどは、情報や写真、それから盗撮動画、お金、薬のことばかりだった。ミカにいじめられるのが怖くて、でもどこか学校のカーストトップの彼女と一緒にいる自分が誇らしかった節もあるけれど……ミカは私たちに見向きもしていなかった。

 ミカは私たちを金になる道具ぐらいにしか思っていなかった。彼氏とのレスポンスの時間をみてもミカが彼氏の要求に迷ったような様子は一切なかったことから彼女は私たちのことを「友達」とすら思っていなかったのかもしれない。

 

「ミカ、最低……私たちの顔写真とか下着の写真とか一枚一万円だって。これ、一生ネットに残るんだよね? ミカの彼氏がどこに流してたのかは知らないけどさ」


 理子が吐き捨てるように言ってミカのスマホをスリープした。彼女のスマホには手がかりなんかなくてただ、彼女が私たちを裏切っていた証拠だけが残されていた。萌実のことなんて彼女はほとんど眼中になかった。もしかすると、ちょっとしたストレスの発散くらいにしか考えていなかったのかもしれない。


「ミカが人狼じゃない。じゃあ誰なの?」


 澄子が眉を顰めて私たちを見たが、私以外は澄子も人狼の可能性があると考えている。私だけが残り二択。理子か凛花、どちらが人狼だと知っている。だから私は自分が処刑されないようにしつつも澄子にも票が入らないようにフォローしないとならない。


——人狼はどっちだ?


「人狼を探そう? 澄子、凛花」


 私は二人に問いかけたが、凛花から予想外の言葉が返ってきた。


「唯は人を殺したいんだ? この中の誰かがミカみたいに殺されちゃうんだよ? そんなことするの?」

「凛花、でも人狼は夜の時間で誰かを襲撃したんだよ。人狼は……次もまた誰かを殺すよ。それでも話し合いしないっていうの?」


 つい、凛花相手だと私も語気が強くなる。


「唯、人狼なんでしょ? 夜の時間だってずっと冷静でさ。怖くないの? 死ぬのが」

「怖いに決まってるじゃん。でも、誰かを人狼って決めて処刑しないと次に進めないの。凛花、さっきはたまたまミカだったかもしれないけど、なんの話し合いもなく死ぬかもしれないんだよ?」

「唯じゃん。人狼、コイツ! 人狼だよ!」


 凛花は大声を出して私を指差した。ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した凛花に私は言い返すのも面倒になってため息をついた。


「私は、凛花だと思ってるよ。人狼」


 ボソッと言ったのは理子だった。凛花はその言葉に驚いて騒ぐのをやめる。凛花からしてみれば私と理子からの票が入ると考えたのだろう。わなわなと震え始めた。


「なんで? なんでよ。理子」

「だって……凛花、おかしいじゃん。話し合いしたくない、誰も殺したくないってさ。人狼はこの会議でしか殺すことができない。つまり、人狼はこの会議で話し合いが進むのが嫌なんだよ。そうでしょう?」


 理子は私に同意を求めてきた。


「だから、凛花。お願い、ちゃんと話そう?」

「いやよ。誰も殺したくない!」

「でも、あんたが人狼なら萌実になんかしたんだよね? あんたが萌実を殺したんじゃないの?」


 先ほどまで泣いていた澄子も凛花相手だと語気が強くなっている。やっぱり、凛花は序列が低い上、皆が怖がっていたミカがいないからだろうか。ちなみに、私と澄子、理子は序列という感じではなくそれぞれのポジションによってミカから優遇されていたという感じだ。

 私は、生徒会長や部長としてミカの味方をする役割、澄子は金、理子は賢さだった。その上、私たち三人はそれぞれクラスでも目立つタイプ、メイクやファッションが好きでミカとも話がよくあっていた。

 一方で凛花はそうじゃない。萌実に次いで地味だったし、メイクでも可愛くしようとかそういう努力が見られないタイプ。性格も自分がなくて、なんでも肯定してくるし男子からの人気もない。ただ、ダンスがうまくて彼女がいると色々と便利というだけ。

 そんな凛花が何か萌実が死ぬようなことを……? もしあるとしたら……何か成果をあげてミカに認められることでグループ内での序列を上げようとした……?


 私が考えている間、澄子と凛花は激しい言い争いをしていた。


「じゃあ、萌実に何もしてないっていうんだ? 澄子はクラス中のみんなにお金を配って萌実を無視するように言ってたよね? しかも、萌実が逃げ込んだグループの子たちにもそうしていじめるように言ってたよね? 澄子こそ人狼じゃないの?」


 凛花の言葉に私はぎょっとした。確か、萌実へのいじめが始まった時、クラスで彼女を助ける人は一人もいなかった。それどころかミカに同調する人も多かったがまさかそこまで徹底しているとは。


「別に、あれはミカのいじめが告発されないようにしただけ。萌実には何もしてないじゃない。そんなこと言ったら、唯が先生にちくったせいで大変だったんだから。萌実、先生や親にいじめられていることがバレて迷惑かけると思って自殺したのかもね?」


 澄子が私を指差した。


「澄子……私は人狼じゃないってば……」

「へぇ。うちらのこと告発した裏切り者のくせに。そのせいで私パパに説明しなきゃいけなかったんだよ?」

「それは……そうだけど」


 澄子に睨まれても私は彼女が人狼じゃないと知っている。だから、彼女とは敵対したくない。でも、共通の敵が見つからない。


「唯が先生にちくったのっていつだっけ? 澄子」


 凛花がギラギラした目で私を見つめた。澄子はスマホを触りながら「パパとのメッセみると……」と検索を始める。私は、追い詰められている状況に心臓がおかしな鼓動を立てた。


「唯がちくったのは、萌実が死ぬ一週間前だね。夏休み前。唯、人狼なの?」

「違う。私は絶対に人狼じゃない」


 澄子にそう言ったが、彼女は私を信じていないのかすぐにそっぽを向いてしまった。一方で少し黙っていた理子は


「私は凛花が人狼だと思う。やっぱり、ずっと動きがおかしいもん。澄子が唯を疑ったら唯を疑って。まるで自分の意見がないみたい、それって人狼だから票が集まるところに投票したいんだよね?」

「はぁ? でも私、萌実へのいじめに参加なんかしてなかったもん。ほとんど見張り役だったし私が犯人な訳ないじゃん?」

「でも、凛花みたいな子にいじめられるのが嫌だったのかも。萌実だって」

「私、あんなにダサくないけど?」

「変わんないよ。あんたなんか、ダンスができるから仲間に入れてただけ。そのくらいわからないの?」


 私は理子と凛花のやりとりをみていて違和感を感じた。理子があまりにも論理的ではないのだ。普段の理子はもっと論理的で彼女の話には必ず正当な理由がある。けれど、今の理子が凛花を人狼だとする理由が薄すぎる気がした。

 理子がもし人狼なら一緒になって私を攻めればいいはず。じゃあなぜ理子は無理な理由で凛花を攻めているんだろう?

 やはり彼女は狂人で、私か澄子を人狼だと考えているに違いない。そうなれば、必然的に人狼は凛花だ。


——凛花が人狼だ


 私の中で答えが決まった。

 問題はどうやっておそらく狂人の理子にこのまま凛花に投票してもらうかだ。彼女は賢い。だから少しでも私が「人狼でない」と思ったら彼女の票は私に入ってしまうだろう。となれば……人狼らしい行動をしてみる……とか?


「理子、だって理子だって言ってたよね? いじめられっ子は先生にちくられるのが一番嫌だって。それをしたのは唯なんだよ? なのになんで唯を庇うの?」

「庇ってない。アンタが人狼だって思っただけ、唯そうだよね?」


 理子の視線に私は頷く。そして、本当はやってない事を口にした。


「私、確かに先生に言ったよ。それに、萌実にももう大丈夫だからって伝えた。夏休み前にね」


 凛花はゾッとした顔で私をみた。そして


「じゃあ、あんたじゃん。人狼……」

「違う。私は萌実を助けようとした。いじめを黙って見てた凛花とは違う。凛花は、萌実に何したの?」

「私は……ただ」


 凛花の言葉を遮って理子が言う。


「私は凛花が人狼だと思う。澄子、あんたはどうなのよ」

「私、まだわからないよ。理子だって萌実に酷い事してたじゃん。萌実の顔が黄金比じゃないとか、萌実がいかに嫌われてるかとかそう言う陰湿なメッセ送ってたじゃん。凛花は覚えてない。何してたか。存在感が薄すぎて」


 澄子の言葉に凛花は目を輝かせる。


「そうだよね? 澄子、私は何もしてない。だっていじめに関わってすらいないんだもん。絶対に唯か理子が人狼だよね? そうだよね?」


 私は、これでいいと思った。凛花が「人狼ではない」と思われれば狂人であるだろう理子の表は凛花にいく。私も凛花に投票する。あとは、凛花と澄子の票が合わなければ凛花が二票集まって最大票数となるはずだから。


「近寄らないでよ! 私は別に凛花を信じたわけじゃない! あんたみたいなインキャ裏でなにやってるかわからないもん。一緒にしないで!」


 澄子が恐ろしい顔で凛花を睨んだ。凛花はぐっと唇を噛んで一歩下がり私と理子を交互に見た。そして、彼女はぐっと押し黙るようにして座り込んでしまった。

 多分、理子は私が先生に告発したことが萌実が死んだ原因だと信じ込んでいて私を人狼だと思っている。彼女はきっと狂人だ。このまま、凛花への投票を誘導できれば……、でも凛花が死ねば狂人である理子も死ぬ。

 私は、理子の味方のふりをして理子を殺そうとしているんだ。そう考えると自分の判断が正しいのかわからなくなってくる。


「唯、スマホ見せれる?」


 凛花が言った、私は首を振る。


「見せたくない。私は人狼じゃないから」


 自分のスマホを見せない。それだけじゃなくて凛花のスマホをみんなに見られるわけにはいかない。彼女のスマホには彼女の人狼である証拠が残っている可能性が高いからだ。


「唯、やっぱり変だよ」


 そう言って泣きべそを掻いて見せる凛花が悪魔に見えた。この子は人狼で嘘をついて人を殺そうとしているくせに……、いや私も同じかもしれない。私だって、理子を騙して凛花も理子も殺そうとしているんだ。自分を守るために。

 なら、だとしたら……きっとこのゲームは市民陣営だから「善」でもなく人狼陣営だから「悪」でもない。全員悪。一人の子を殺した人間を殺し合いさせるための配役。


 そうなれば、たとえゲームに勝利しても生き残ったとしてもハッピーエンドは待っていないだろう。萌実のお姉さんはいったいどういうつもりでこんなことしているんだろう? 


 私が考え込む横で、澄子はミカのスマホを手に取って何やら操作を始めた。

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