第7話 夜の行動


 真っ暗な教室にプロジェクターの映像の明かりがぼうっとついている。


 映像に写っているミカはピクリとも動かなかった。そのうち、目出し帽を被った男たちがミカの体を運び出し、床の血溜まりを高性能モップのようなもので綺麗に掃除をした。

 それを、萌実のお姉さんは張り付いたような笑顔のまま見守り、完全に綺麗になると彼女はミカが座っていた椅子に座って、カメラを見つめる。

 カメラ越しに目があったような気がして、私はビクッと体が震えた。


「みんな、お疲れ様。処刑が終了したので次に夜の行動に写ってもらいます。あ、ミカちゃんのスマホは、夜の行動が終わって次の会議が始まったら教室に持っていくね。はい、スマホのアプリを開いてね!」


 私は急いでスマホを取り出して画面をつけた。先ほどの投票アプリがつけっぱなしだったが、アプリ内の表示が切り替わっていてUIの上の方に「夜の行動を選んでね」と書かれている。その横には私のデフォルメキャラが騎士の格好をしたイラスト。

 タップすると、私以外の三人のイラストアイコンと「誰を護る?」の表示。投票の時と同じく一人を選ぶらしい。


「人狼がバレないように、市民や狂人の人には『怪しい人は?』というダミーの質問が用意されているよ。制限時間以内にタップして先へ進んでね。それじゃースタート!」


——残り時間三分


 画面右上部にカウント表示が始まった。

 私はちらりと周りを見渡す。ここで、考える必要があるのは騎士である私と人狼の誰かだけ。となればあまり長く迷っていては私が騎士であることが人狼に見抜かれてしまう。

 誰を護るかという問いの中に私のアイコンがないことから自分自身のことは守れない。つまり、騎士だと見抜かれてしまえば私はただ殺されるだけだ。


 人狼は……澄子か凛花。明らかに狂人の動きをしていた理子は多分襲われない。となれば、私は……どちらを護るべきだろう。いや、どちらが人狼に近いだろうか。


——澄子を護る選択した。


 凛花が人狼である保証はどこにもなかったが、澄子は何か証拠が残るようなことはしない女だと知っていたからだ。人狼は「萌実が死ぬ最後の一押しをした」ということなら澄子はそんなドジを踏まないと思った。彼女はどちらかといえば、いつも「後処理」とか「金銭援助」とかをメイン行っていた。だから積極的にいじめをするというよりは、いじめを目撃した近所の人を金で黙らせたりした程度だろう。

 多分、澄子がやっていたことは萌実もよく知らなかったと思う。


 私たちはほとんど同時にスマホをポケットにしまった。

 集計でもしているのか、シンと静まり返る。プロジェクターに写っている萌実のお姉さんは、いつのまにか教室から消えていた。

 全員が、行動を終えたということは人狼が襲撃する者を選んだということだ。それが私である可能性だってある。あの部屋に連れて行かれて、拷問されてみるも無惨な姿になって殺される。恐怖で体が震えた。尋常じゃないほど心臓がバクバクして吐きそうだった。


 私は、自分を落ち着けるため推理を続ける。どうしようもない不安に襲われている時、何か考え事をして気を紛らわせる。不安なことを考えていても何も進まないからだ。自分でも死の恐怖でおかしくなっているのかもしれない、まるで二重人格になったみたいに冷静な自分がいた。




 澄子が人狼じゃないのなら、凛花が人狼たりえる可能性はあるだろうか。凛花は私たちのグループでパッとしない子だった。ミカも正直いえば利害の一致で一緒にいるだけで仲良くはなかったし、序列という言葉が使えるのなら凛花は確実に一番下。

 彼女は大体いじめが行われている時は「見張り役」だった。そんな凛花が「萌実が死ぬ最後の一押しをした」だろうか。ただ、ダンス部の惰性で一緒にいるだけの彼女が……?

 むしろ、萌実というターゲットが消えてしまえば次は凛花にミカの矛先が向く可能性だって高かったはずだ。だから、凛花からしてみれば萌実は非常に都合のいい存在だったはず。そんな凛花が萌実を殺すようなこと……するのだろうか。

 私は、思い起こしてみたが凛花が何かしたことはなかった。彼女もどちらかといえばいじめに積極的ではなかったし見張り役、教師の足止め役とかいざとなった時の汚れ役だったからだ。


 じゃあ、理子は?

 最初の行動から彼女が「狂人」だと私は考えているが一旦それを抜きにして推理してみよう。理子は澄子や凛花と違っていじめに積極的なメンバーだった。

 子供っぽいいじめをするミカに対して、理子は「こうしたらもっと効くんじゃない?」とか「こうしたらショック受けるかも」なんて助言をよくしていた。

 IQが高いだけあって彼女のいじめ計画や作戦は見事なものだった。たとえば、時間割と教師の動きの特徴から人が来ない時間帯の階段を見つけ出したり。心理学? を用いて孤独感が増長するような言葉遣いをミカに教えたり。

 その上、非常に賢い彼女は先生たちからの評判も良く信頼も厚かった。だから、彼女はいつも萌実に「あんたと私、先生たちはどっちを信じるだろうね?」と脅しをかけていた。

 その言葉に萌実は「大人に助けてもらう」という逃げ道を塞がれて絶望に陥ったのかもしれない。そう考えると、澄子の存在自体も同じようなものかも。



 こうして考えてみると、全員人狼になりうる。私には、萌実が受けてきた全てのいじめが「自殺」の要因になってもおかしくないと思った。

 人によって感じ方というのは違う。だから「いじめ」は「いじめ」なんていう分かりにくくて優しい言葉になっているんだ。

 ある人にとってはただの「いじり」で別に気にしない、嫌だとも思わない。でもある人にとってそれは「いじめ」で自らの命を絶つに至ってしまう行為でもある。細かく分けて考えたら脅迫とか誹謗中傷とかそういう犯罪なはずなのになぜか「いじめ」という言葉に変換されてまともに処理もされない。

 それなのに、ミカや私たちのような人間がキラキラした未来と素敵な大学生活を手にすることができて萌実や過去にミカのターゲットになった子たちは夢見ることも許されない。

 なんて不公平で理不尽なのだろう。考えれば考えるほど、私たちが萌実にしたことがどんなにひどいことだったのか理解した。


 日付を跨ぎ、一段と寒くなってきた。私は足をかかえるようにして体を丸める。腕で抱えたふくらはぎも冷たく、寒さで鳥肌が立っていた。教室の隅には古い灯油式のストーブがあるが使用はできないしそもそも燃料も火をつけるマッチやライターもない。ふと、教室の入り口に立っている男たちに目を向けると、彼らはおそろいの黒いダウンジャケットを着込んでいた。

 あぁ、本当なら今ごろ暖かい湯船に浸かって好きなドラマを見ながら半身浴して……ゆっくりしたら暖かい部屋に戻ってゴロゴロして。

 日常が恋しい。何も知らなかった頃に戻りたい。


——でも、全部自業自得だ。



「あのさ……ミカ、死んじゃったんだよね」


 そう言ったのは澄子だった。彼女は涙でボロボロになった頬を袖でゴシゴシと拭った。メイクが落ち、目の周りは黒くなっていたしファンデーションが涙で溶けて袖についてしまっている。

 私は、彼女と視線がぶつかったが、答えることはできない。だって、澄子が人狼で私を襲撃するかもしれないから。


「でもさ、ミカが悪いんじゃん。ミカがいじめなんかしなかったら私今頃楽しく過ごしてたのに」


 凛花がそういうと今度は澄子が俯いた。凛花はいじめに消極的だったからこのデスゲームへは「巻き込まれた」という被害者意識が強いのかもしれない。けれど、私を含め傍観者としていじめを見ていただけの人間は萌実のお姉さんからしたら憎くて憎くてたまらないいじめっ子グループの一人に変わりない。

 そっと、理子の方を見ると彼女は凛花をじっと見つめて、それから私の視線に気がついて彼女は何度かまばたきをした。

 確か、理子はIQが120あるとかで私たちとは違う世界が違って見えるらしい。心理学にも詳しく、将来は研究医を目指していて内部進学も彼女だけ医学部。

 ちなみに理子が生徒会長にならなかったのは「頭の悪い生徒たちを統制するのは時間の無駄」だからと言っていた。それで、彼女は当選間違いなしだった生徒会長選挙を辞退、私が生徒会長になった。


 今、理子は誰が人狼だと考えているんだろう? もしくは、人狼として狂人を探している? もしくは市民で騎士を探している?

 理子が口を開く。


「私たちさ、いじめ本当はしたくなかったよね? ミカが怖かったからしたんだよね」


 理子の言葉に最初に頷いたのは凛花だった。続いて澄子も頷く。

 私も空気に流されて皆の視線を集める中で頷いたが、思い起こされるのは私たちが萌実の悪口を言いながら楽しそうに笑い合っている様子だった。本当にいやいやだったの? 楽しんでいたんじゃないか。誰かに責任を追求されたからミカという主犯のせいにして自分を正当化しているだけじゃないか?

 でも、そんなことみんなに言えるはずもなかった。


 凛花が言った。


「ミカにいじめられるのが怖くて、萌実をいじめたんだよね? いやいやだったし、本当はあんなことしたくなかった」


 凛花が膝を抱えて泣き出すと、澄子まで鼻を啜り始めた。理子と私はそれをただ見守っていた。私も凛花と同じ「ミカが怖くて彼女に従った」という行動をとった一人だ。

 でも、そんなのなんの言い訳にもならないことは先ほどのミカの最期を見れば明らかだ。被害者の家族には関係のない話で、私や凛花が主犯じゃなくても彼女を助けなかったから同罪。萌実のお姉さんにとっては、私たちもいじめっ子。


「でもさ、私たちみてたじゃん。萌実が泣いたら笑ってたじゃん。あの子がいるチャットでひどい悪口書いて盛り上がって。あの子が死ぬまで」

「唯は、罪を認めるんだ? あんたが人狼?」

「凛花……」


 泣きながら怒鳴った凛花はもう私とは会話してくれなかった。私だって、泣いて喚いてパニックを起こして暴れたい。でも、そんなことしたって何も変わらない。ミカが死ぬまで私だって怖かったけれど、自分でもびっくりするくらい冷静だった。私にも勇気があった、ならどうして萌実を守ってあげなかったんだろうと、ミカに反抗しなかったのかと後悔ばかりが頭を巡る。


「やだ、帰りたいよ。パパ、ママ。助けて」


 澄子が啜り泣き、ブツブツと独り言を呟いた。私は彼女が人狼かもしれないけれど、彼女だけは絶対に今日死なないから、本当はそばによってそう伝えてやりたかった。


「次はちゃんと話そう、いいよね。唯」

「理子、うん。ちゃんと話すべきだと思う。澄子、凛花お願い」


 理子は私をみて頷いた。でも、澄子はなくばかりで凛花は「人を殺す投票なんかできない」と捨て吐いた。


 ブツブツ、バチバチッ。スピーカーから不気味な音がなった。そこから、あの声が聞こえた。


『はーい、夜の行動の集計が終わりましたっ! さて、今夜の犠牲者は……』


 スピーカーからけたたましいドラムロールのような効果音が鳴り響いた。耳がガンガンするくらいの大きな音に耳を塞ぎたくなる。

 でも、聞かなきゃ……。ドクドクと心臓が大きく動き、手首、太ももなんかも脈打っているような感覚になった。

 お願い、私を呼ばないで! と必死に願う。うまくいけば誰も死なずに……誰も死にませんように。


『今夜の犠牲者はなし! なんと人狼の襲撃が失敗! 騎士による護衛成功だね。ということで、次の昼の会議を始めるまでもう少し待ってね』


 ブチッ、とスピーカーが切れる。と同時に、プロジェクターに映し出されていた映像も消えて教室の前に立っていた男がプロジェクターをまた回収した。何度も回収したり設置したりこまめな人だなと思った。


——私、殺されなかった。


 つまり、澄子は人狼じゃない。人狼は、凛花か理子のどっちかだ。そして、澄子が騎士でないことが人狼にはわかっているはず。澄子は狂人か市民。人狼の選択肢が一つ増えたというわけだ。私は、どう動くべきだろう……?

 普通、四人の中に騎士と人狼が一人ずついて護衛が成功したら騎士はカミングアウトして護衛先の人と共に「人間である」と証明するのが最善手だろうか。そうすれば二択まで絞れる。けれど、その場合人狼も「騎士だ」とカミングアウトして私が投票で人狼と一騎討ちをすることになる。

 とはいってもこれは、通常の人狼ゲームの場合だ。命なんて奪われない遊びのゲームの場合。でもこのゲームは「役職を告げることを禁止」されているのでそれができない。つまり、騎士としての最大の仕事ができないのだ。


「よかった……んだよね?」


 理子が言った。私はあまり考え込んでいると疑われるかもと思ってすぐに顔を上げて頷いた。


「とにかく、誰も死ななくてよかったと私も思った」


 笑顔にはなれなかった。ぎゅっと口に力が入った。嘘は言ってないけれど、今話している理子が人狼や狂人かもしれないから。理子とまた目があった。彼女は少し安心したような、何かを確信めいたような表情をしていた。


 それから、次の会議まで誰も話すことはなかった。

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