第30話 (元親Side)断頭台の、目前で――

 私の娘は――だった。

 この事実は、私の心を壊すのに、そう時間は掛からなかった。

 

 たったひとり、血の繋がった娘を大事にせず。

 血の繋がらないどこぞの馬の骨の娘を大事にし。

 たったひとりの、血の繋がった娘を追放し。

 血の繋がらないどこぞの馬の骨の娘を溺愛し。


 ――結果、待っていたのは今の現状だ。


 平民用の牢屋にぶち込まれ、夫婦で離れていたのは、門番の優しさかも知れない。

 今同じ牢だったら、殺しているだろう。


 私の手で殺せるのなら殺してやりたい。

 だが、それすらも叶わず……私達の首は明日、断頭台に消える。

 違う牢から、あの女の泣きわめく声が聞こえる。


 死にたくない。

 殺されたくない。

 畜生、畜生。

 アメリアめ、死んでくれればよかったものを。


 そう叫んでガリガリと爪を立てている音が聞こえる。

 ざまぁないな。


 最後は、愛したこともない妻にそっくりなアメリアが、綺麗に……まるで亡き妻と、お義父様の恨みを晴らすかのように、罰を与えていった。

 それもそうだろう。

 私はずっと、間違いを侵し続けてきた。

 許されるはずがない、許されるべきではない。



「アメリアめぇええええ‼」

「あっはっはっはっは!」

「何を笑っているのよ! 明日にはアタシ達、断頭台で首を刎ねられるのよ⁉」

「それがどうした! それだけのことを今までしてきたじゃないか」

「なんですって⁉」

「なるべくしてこうなった。起こるべくして起こった。アメリアのことだ。私達のことなど、今頃全く気にもしていないだろう」

「くっ!」

「自分のたったひとりになる娘の心配も出来ない屑な女だったとはな……。とんだ計算違いだ」



 吐き捨てるように言うと、牢屋の鉄格子を揺らして耳障りな音が聞こえる。

 それがどうした?

 それが精一杯の抵抗か?

 これを笑わずになんとする。

 声を上げて笑えば、女は猿のように喚き散らしながら鉄格子を揺らす。

 それが面白くて更に笑う。


 ああ、狂ってしまいたい。

 あんな女のどこが良かったのか。

 今になってしまえば、それすらもどこか見当もつかない。


 学生時代の輝かしい女性は偽りの姿。

 姿……。


 どこで間違えた。

 どこで狂った。

 どこで履き違えた。


 俺の人生、こんな所で終わるようなものでは、無かっただろうに。


 猿のように喚き散らす女を他所に、俺はアメリアを思い出す。

 生まれたときから亡き妻にそっくりで、俺に似た所が何ひとつ無かった。

 それを不気味とおもったのかどうかは、最早記憶にはない。

 ただ、愛おしいと言う気持ちは……残念ながら湧いてこなかったのは事実だ。


 この時点で父親失格だな。


 俺は婿養子に入ってから今まで、一体何をしてどう生きてきたのかも定かではない。

 ただ、言われるがまま過ごし、幾ばくかのお金をあの猿と血の繋がらない娘のために出して、貢いで……稀に会いに行って。

 碌でもない人生を送った。

 実の娘の誕生日に、プレゼントひとつ送ったこともない。

 マリシャには高級なプレゼントを送っていたというのに、実の娘のアメリアにはないひとつ……贈り物をしてやらなかった。

 お義父様に言われたことがある。


」……と。


 事実そうだっただろう。

 アメリアが可愛いと思うことが無かった俺は、何時も頼りない父親を演じて、いつもあの三人から隠れて過ごしてきた。

 妻も、アメリアが生まれれば、私は用無しとばかりに存在を無視するようになった。

 あの時、私が浮気などせず、彼女ひとりだけを不器用にでも愛していたら、違う未来が待っていただろう。


 不格好でも、ちゃんとした親子として。

 不格好でも、ちゃんとした夫婦として。


 そんな未来も、きっとあったに違いない。

 それをぶち壊したのは、紛れもなく私自身だ。

 全ては、私の責任だ。



「なんとか言ったらどおなのよおおお‼」



 叫ぶあの女の、どこが良かったのか、今では全くわからない。

 明日、たまたま、仕方なく、同じ様にして断頭台に消える。

 ただ、それだけだ。


 せめて最後の瞬間まで、父親らしいことは何ひとつしてやれなかった報いとして、唯一血の繋がる娘、アメリアのこれからの幸せを願おう。

 辺境伯ならば、アメリアを任せられる。

 セベクは、あまりにも危険すぎた。

 もしかしたら、アメリアはその事に最初から気付いていて、マリシャとの仲を注意もせず静観していたのかも知れない。


 自分から関心が剥がれてしまえば、自由になると。

 そう思っていたのかも知れない。

 頭の良いアメリアのことだ。

 あのセベクが危険人物だと知っていたからこその態度だったのだろう。


 そこに、のこのこと知らずに声をかけたマルシャは、あの女によく似て馬鹿だ。

 ああ、親子して馬鹿でみっともない。

 そんな奴らのどこが良かったんだ?


 私は何か、悪い呪いでも掛けられていたかのように、今では頭がスッキリしている。

 アメリア。幸せにおなりなさい。

 たったひとりの身内すら守れぬ父など、忘れ去って幸せに。

 悲劇の父親と言うのは、私のようなものを言うのだろうな。

 ははは、何とも情けない話だ。


 最後の夜、牢屋から見える小窓を見つめ、冷たい床の上で寝転がっていた。

 明日には消える命。

 最後に見る光は美しい。


 その時、草の音が聞こえ誰かが近づいてくる音が上から聞こえた。

 平民様の地下牢で、その音は異質に聞こえる。

 なんだろうと思い起き上がった次の瞬間――目の前に血が広がった。

 最後に見えたのは――

 ボウガンで……胸を撃たれたのか?

 一体誰に……?



「流石城のボウガンだな。威力はばっちりだぜ」

「その……ごぇ……ごほっ」

「ババアの方は既に喉と頭にズドンよ。あんたらにはおかげで苦労を掛けさせられた……畜生。アメリアさえ手に入ればこっちのものなのに……」

「セ……ベ……クッ」



 声の主はだった。

 何故、どうして。

 彼は別の牢に入っているはずだ。

 なのにどうして⁉



 「俺は逃げるぜ? いくらでもな? アメリアを物にできないのは残念だけどよ。でも、その前にあんたら二人くらいは殺しておいても罰は当たらねぇ。精々苦しんで死にやがれ」



 そう言って去っていった。

 ああ、アメリア……。

 せめてあの男にだけは……あの男にだけは捕まるな‼

 あの……セベクにだけは……。


 涙を流し、願うことしか出来ない自分が恨めしい。

 せめてアメリアが無事にエルメンテスへ行くことが出来るのを祈り……。



「おい! 誰か他の人を呼んでこい!」

「駄目だ、こっちは死んでる!」

「聞こえるか⁉ おい! おい‼」



 ――兵士たちの慌てる声を最後に、私はこの世を去った。

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