第7話ビクトリアン


 休日、朝食後、飼い主がサンルームで昼寝を始めた。


 サンルームは好きだが、今はそれどころではない。


 メイドの老婆が、吾輩に服を着せようとにじり寄ってくる。


「ほら、ベル様、婆がかわいい服を作りましたので、着てみてくださいませ」


 メイドの老婆の手には、黒い生地に白いパイピングとフリルがついた、ゴシックと言えばきこえはいいが、アレは吾輩が軽蔑の目を向けてしまっても仕方がないロココだ、いや、ロココであればまだ肉球に爪を食いこませ耐えることもできたであろう、ロココであれば。


 しかしあれはロココを十九世紀に小金持ちたちが成金趣味で復刻させたヴィクトリアだ。ヴィクトリアのワンピースドレスだ。


 あんなものを着るなんて、吾輩の気持ちが耐えられぬ。


 くるりと老婆に尻を向け、逃げ出そうとしたところ、吾輩の進行方向を年若い、と言っても老婆のメイドに比べればなので、大きな子どもくらいいそうな年かさのメイドが二人両手を広げ、腰を落とし、行く手を阻む。


「ベル様、メイド長がせっかく作ってくださったのですから、着てみて下さいませ」


「かわいらしいお顔に映えますよ、さっ」


 逃げ道がない、そりゃ魔法を使い、いや、魔法を使うまでもなくこの尾を一振りすればメイドたちなどこの世界から消滅させられるが、そんなことをするほどこのメイドたちは罪深くなく、悪徳でもない。


 力は使えぬ。


 どうすればよいのか。


 じりじりと近づいてくるメイドたちに対し、背中を丸め、背に生えている毛を逆立て、威嚇してみるが、全く効果なく、吾輩を包むメイドの輪は、どんどん小さくなっていく。


「はいな」


 小太りなほうのメイドにサッと抱きかかえられ、


「どれどれ」


 と、老婆のメイドにするりとドレスを着せられ、鏡の前に連れていかれる。


 うん、これは、ひどい。


 ビロビロのフリルに包まれた吾輩の頭にはこれまた黒に白いフリルがついたヘッドドレスがつけられ、最悪である。


 わー、と、声をあげるメイドたち。


 なにが嬉しいのかメイドがメイドを呼び、七、八人のメイドが吾輩を囲み、次々に胸に抱き、頬を吾輩の頬に擦り付けてくる。


 騒ぎをききつけ、吾輩の召喚者である飼い主のつがいが現れるまで、吾輩は猫かわいがりを受けたのであった。


 ヴィクトリアドレスを着た吾輩を胸に抱き、飼い主はつがいと共に街に出る。


 今日は杖を買いに行くらしい。


「魔動車で行かないかい?」


 つがいがそうきくが、飼い主は、


「すぐそこだよ、歩かないと、すぐ老け込んじゃう」


 と、十四、五にしか見えない顔で、老人の振りをする。


 確かに飼い主は五十を少し越したくらいだが、エルフであるし、肉体は老け込んでいるわけではなかろうが、田舎生まれ、田舎育ちであり、体を動かしたがる。


 それに飼い主は車や汽車が苦手だ。すぐ酔ってしまう。


 だから理由をつけて車に乗りたがらない。


「やっと注文していた杖が来るんだ! 楽しみだな~」

 

 飼い主はご機嫌である。


「杖なら、家まで届けてもらえばよかろうに」


 つがいはそう言うが、田舎男爵の三男坊、田舎生まれの田舎育ち、都会暮らしの平民より文化的に数段遅れている飼い主に、商人が家に来るなんて、肌が合わなくて仕方がないのだろう。


 買い物は出向いて、店で買う。


 そうでなければ尻の収まりが悪いらしい。


 ヴィクトリアドレスを着た吾輩を抱き歩く飼い主、その横を若草色の軍の礼服を着て歩くつがい、その後ろに老婆のメイドと小太りなメイドが続く。


 飼い主は小さく、つがいが大きいので、二人は親子のように見える。


 旧市街から新市街へ、王都のメインストリートから裏路地へ入り、一軒の道具屋の前で立ち止まる。


『シルベスタ道具店』


 看板にそう書いてある店のドアを、老婆のメイドが開け、飼い主とつがいが入っていく。


 店の中は掃除はされているが、物の多さと、その種類で、煩雑な印象があるし、物が日の光で劣化しないように、日差しがさえぎられているため、薄暗い。


「いらっしゃい」


 ノームの年老いた店主が、飼い主とつがい、おもにつがいに対し敬意を表すためよれよれの尖がり帽子を脱ぎ、胸に当て、頭を下げる。


「注文していた杖が来たときいたので!」


 飼い主は興奮気味にそう言い、ズイズイ店主に近づいていく。


 店主は飼い主の顔を見て、少し困り顔になる。


「ああ、先生の杖かい、確かに来たは来たんだがね……」


 何か奥歯にものが詰まった言い方で喋る店主。


「貴族様が、気に入ったからよこせと、無理やり持って行ってしまったのだよ」


 飼い主と、おもに飼い主のつがいと目を合わさないようにそう言う店主。


 胸に当てているよれよれの尖がり帽子が、緊張から手に力が入り、くしゃくしゃにつぶれる。


 嘘をついている。そんなことは吾輩でなくともわかろう。飼い主のつがいの目つきが厳しくなる。


「旦那様は予約し、取り寄せ、前金も払っていたはず、後は品物を渡せば済む、この店はそんな簡単なこともできぬのか?」


 飼い主のつがいの声は、怒気を含み、体から魔力が溢れ出し、空間が陽炎のように歪みだす。


「いや、その、物自体がなくなってしまっていましてね、さすがにお貴族様には逆らえないもんで」


 年老いた店主の禿げあがった頭に大粒の汗が浮かぶ。


「では、どこの貴族が杖を買っていったのだ? 我が相手に交渉しよう」


 飼い主のつがいがそう言うと、店主は口ごもる。


「ウチも客商売なんで、売り先をべらべら喋るわけにもいきませんぜ」


 店主がやっとこそう言うと、つがいの目が細そまる。


「ほう、店主、お前は売り先には気を使い、我が家には気を使わなくても良いと、そう言うのだな? 我の生家はヘルゼーノフ侯爵家であっても、その口の鍵は外れぬのであるな? そうなのだな店主」


 ぐいぐいつめるつがいの前で、ずっと黙っていた飼い主が、吾輩の体をギュッと抱きしめ、顔をあげる。


「帰ろう、杖はまた良いものが出たときに買えばいい、お邪魔しました」


 そう言って店を出て行く。つがいも飼い主の後を追い、メイド二人も店を出る。


 先頭を歩く飼い主に、


「よいのかい?」


 と、つがいがきくと、


「あそこの店は大学の中にも支店を出しているから、大学の人に言われれば、逆らえないんだよ、あれ以上責めても、かわいそうでしょ?」


 と、飼い主が言った。  


「学院長の差し金か?」


 つがいがそう言うと、飼い主は、


「そうとは限らないけど、大学の誰かだと思う。


 僕は翻訳魔法しか使えないけど、一応魔法使いだから、皇族と会うときの正装はローブに杖でしょ?

 普段杖なんて使わないから、あわてて買ったんだけど、僕はそもそも杖なんか使わないし、庭の木を削ってそれっぽいの作るから、それでいいよ。

 どうせ誰も僕の杖なんか見ていないしね」


 そう言って、足早に屋敷に帰り、言った通りに庭師に枯れ木を一本もらい、庭に出て、小刀でコリコリ削り出す。


 吾輩は飼い主の横でゴロリと寝転がり、目を閉じ昼寝を始める。


「今回注文していた杖はさ、高価なものじゃないんだ、ただ故郷の森の特産でね、帝都で売られている杖なんかより安くて良いものだから、これを機に、帝都で売れてくれれば、学生だって安く良いものが手に入るし、故郷の森も潤うかなって思ったんだ。

 慣れないことをするとダメだね、なにもかもがうまくいかないよ」


 枯れ木を削りながら、吾輩に話しかける飼い主の顔は、あきらめの笑みが零れ落ちる。


 うむ、安くて良いものを学生がつかえる、魔法の上達も早かろう、大学はバカなことをしたな。


 こうやって人間はバカなことを平気でする。


 いや、バカなことをするから人間であるともいえる。他の動物でここまで理由なくバカなことをする生き物はいないからな。


 にゃーんと一鳴きすると、飼い主が顔を上げ、やさしく吾輩の頭を撫でる。


「ところでベル、そのドレス、にあっていないけど、なんで着てるの?」


 うむ、このに合わないドレスを着せるのも、人間の愚行の一つだ。


 理由などない。


 なのでもう一鳴きすると、クスクス飼い主が笑い、少しでも気が晴れたのなら、このドレス姿にも、価値があったのだろう。


 飼い主の手作り杖が出来上がるまで小一時間、飼い主は吾輩を見てクスクス笑い、吾輩はその都度にゃーんと声をあげた。


 雨のように降り注ぐ悲しみにさす傘はなく、だが飼い主と吾輩の繋いだ手の中だけは濡れないのだ。


 それが肉球一つ分の乾燥だとしても、それが救いになることもあるのだ。


 この庭のように、この陽だまりのように。


 今の我らのように。

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