第26話 顔ナシの咆哮
駅深層構造の中心部――かつて立ち入り禁止とされた“共鳴室”に、美咲・片桐・玲央の三人が足を踏み入れた。
空間は静寂だった。
壁には無数の顔が埋め込まれ、どれも目を閉じていた。
かすかに、息をしている。
そのとき、足元から震えが起こる。
次第に地面が波打ち始め、壁に埋まっていた顔が一斉に目を見開いた。
中央に立つ影が、ゆっくりと姿を現す。
“顔ナシ”――それはもう、ただの異形ではなかった。
無数の顔を皮膚のように纏い、感情を層のように蓄え、都市の記憶すべてを編み込んだ集合体だった。
その瞳には誰のものともつかぬ哀しみが宿っていた。
そして、声が響く。
>「私は誰かの恐怖でできている」
>「あなたの後悔、あの人の忘却、誰かの微笑み、それらが私を構成した」
駅が、都市が、記憶を保管するうちに、それらが意志を持ち始めた。
“顔ナシ”は都市の人格そのもの。
咆哮が響く。人間の言語ではない。記憶のうめき、失われた思念、剥がされた顔の断末魔――それらが混じった、存在そのものの叫びだった。
玲央が立ちはだかる。
「君は都市の声かもしれない。でも、記憶を奪ってまで形になる必要なんてない!」
美咲も叫ぶ。
「顔は、誰かの痛みでできるものじゃない!それは、生きて選んだものよ!」
“顔ナシ”が静かに頭を垂れる。皮膚のように貼りついた顔が、一つひとつ剥がれて床に落ちていく。
その下から現れたのは――誰のものでもない“素の顔”。
輪郭の曖昧な、それでも確かに“人間に似た”顔だった。
「私はただ……残されたかった」
その言葉に、美咲は震える。
“顔ナシ”は、都市が忘れられることへの恐怖から生まれた。
駅の奥で電車のブレーキ音が鳴り響く。
>「まもなく、記憶の最終便が到着します──」
この空間で、“祈りでできた都市”が、自らの存在を問い始めていた。
そして、“顔ナシ”はその問いに、答えを出そうとしていた。
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