第27話 地上と地下の断裂

午前7時。

新宿の交差点では、異変が始まっていた。


横断歩道を渡る人々が、同じタイミングで足を止めた。

その顔が──一斉に変化した。

眉の形、目の奥の光、笑みの角度。

それらが微妙にずれている。


駅構内の封鎖は強化され、地上の情報端末には「顔整合エラー/外部同期失敗」と表示され始めた。


玲央は、その瞬間を外のベンチから目撃していた。

スマート端末が震え、都市のマップが自動で更新される。


新宿駅の構造が変わっていた。

地下と地上が繋がっていたはずのルートが消失し、駅の輪郭が波打つように揺らいでいた。


>「構造断裂検出。記憶空間が地上へ移行中」


つまり、都市が“記憶そのもの”として再構築され始めている。


美咲は地上のビル壁面広告で、自分自身の笑顔を見つけた。だが、それは数年前の写真――そして、その隣には“片桐”の顔が貼られていた。


「これ……私の記憶じゃない」


街の至るところに、人々の“顔履歴”が混在しはじめた。


それはもはや監視ではない。

都市が、人間の存在を“素材”として扱い出した証だ。


0番線ホームでは、電車が一度も停まらず滑走していく。

運転手の顔がない。

アナウンスも、言葉ではなく“記憶の音”となっていた。


駅の中心では、“顔なし”が再び姿を現した。

その体は地上の光を吸い込み、都市構造と融合を始めていた。


>「地上は記憶不足。地下は顔過剰。均衡のため、断裂を実行する」


玲央が気づいた。

都市が意識的に“記憶の飽和”と“人格の空洞”を調整している。


片桐はつぶやく。


「都市が……自分自身の“顔”を持とうとしてるんだ」


美咲は泣きながら叫ぶ。


「違う、顔は誰かになるためのものじゃない……顔は、“誰であり続けるか”の証なの!」


その言葉に応じるように、都市全体が一瞬だけ静止した。


そして、新宿駅の中心に、大きな裂け目が現れた。

地下と地上が、切断される。

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