第13話 二重らせんの駅構造
新宿駅の構内図が乱れていた。
設計図に存在しないはずの階段が現れ、通路が重複し、ホームの数が増えている。
駅員たちは気づいていたが、誰も口にしなかった。
話すことで、自分の“記憶”が再構成されてしまうからだ。
玲央は、それを追い始めた。
黒川を失った今、彼に残されたのは記録と直感だけだった。
彼は過去の記事から導き出した。
新宿駅には二重らせん構造の“もうひとつの階層”が隠されている。
それは、人間の記憶の迷路のように折り重なっていた。
午前5時、構内を歩いていると違和感に気づく。
出口が増えている。
改札の数が昨日より多い。
何より恐ろしいのは、それぞれの改札の先に異なる“新宿”が広がっていたことだ。
一つはまだ深夜で、もう一つは昼の喧騒。
そして、誰もいない赤黒い空の新宿。
「駅が……記憶をもとに街そのものを再構築してる」
駅の構造が“思考”を持っている。
迷宮は人を閉じ込めるだけではない。
人の記憶に合わせて姿を変え、複製し、自らを増殖させる。
玲央は、階段を降りた。
二重らせんの最下層。
その空間では時間も重力も曖昧だった。
足元にあるのは、巨大な「顔面構造図」。
それは駅の設計図でもあり、人間の脳の断面図にも見えた。
「ここは……記憶でできた都市の“脳”だ」
誰かの気配が背後に迫る。振り返ると、駅員服を着た人物がいた。
だが顔が歪んでいた。
まるで複数人の顔が縫合されたような異形。
「迷い込んだね。あなたの記憶をいただくよ」
それは言葉を発したというより、玲央の思考の“隙間”を通じて語りかけた。
その瞬間、階層が蠢いた。
駅全体が“もうひとつの人格”を生み出そうとしていた。
玲央は胸元の名札を握りしめた。
名前だけは、自分の記憶の最後の砦だった。
「斎藤玲央……俺は……俺だ」
そして、らせん階段をさらに深く降りていった。
迷宮は彼を歓迎するように広がっていく。
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