第14話 アナウンスの声
その声は、いつも駅構内に静かに流れていた。
>「まもなく、0番線に列車が到着いたします──。」
だが、それは録音されたものではない。
誰かの記憶をなぞるように語られる、魂の残響だった。
玲央はホームに立っていた。
誰もいないはずの場所で、確かに“声”があった。
それは明らかに女性の声で、感情を帯びていた。
>「わたしは、ここにいた。誰かが……私を呼んでいた」
ホームのスピーカーから流れる声が、かつて失踪した女性ジャーナリストの音声に酷似していた。
彼女は2003年、新宿駅で消息を絶った。
当時の取材メモに「駅が語りかける」と記されていた。
玲央はその記録を思い出す。
「もしこの声が……彼女の記憶そのものなら」
周囲の広告ディスプレイが一斉に切り替わった。
いずれも、“語る人間”の顔と、その人が最後に発した言葉が文字となって浮かび上がっていた。
>「怖いのは、消えることより、誰かになることだ」
>「私は、父の記憶で作られた娘だ」
>「0番線は、記憶の待機列」
玲央は理解し始める。
アナウンスは、失われた人々の“声”そのもの。
駅は彼らの最後の感情を保存し、次に迷い込んだ者に囁いている。
それは、警告であり、招待状でもある。
美咲はホームの反対側にいた。
壁に手を当てると、そこから微かな振動が伝わってきた。
音ではなく“記憶”の波。
そこには、かつて自分が交わした言葉が刻まれていた。
>「片桐、君は――戻ってくる」
そして、スピーカーがふたたび囁いた。
>「次の列車は、あなたの“思い出”です。乗車には、覚悟をご持参ください」
駅は語っていた。
誰でもない誰かの声で。
玲央と美咲は、同時に理解した。
このアナウンスは、都市が“言語化した記憶”だった。
そして今、自分たちの声もまた、その中に編み込まれ始めていた。
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