第12話 駅に潜む影

午前4時、新宿駅の構内には誰もいないはずだった。

だが、監視カメラには人影が映っていた。

駅員室にいた若手職員が驚きの声を上げる。


「こんな時間に……?」


その人影は、まるで壁から滲み出るように現れていた。

ゆっくりと歩く姿──だが顔が、映っていない。

ノイズのように歪み、常に異なる表情が映し出される。


美咲は地上に戻っていた。

地下で“顔を持つ何か”と対峙した後、自身の記憶に裂け目ができたような感覚に襲われていた。


通学路の広告が変わっていた。

そこには、自分自身の幼い頃の顔が映っていた。

そして、その隣には片桐修太が微笑んで立っていた。


「どうして……?」


彼女は慌ててスマホを取り出し、写真を撮ろうとした。

しかしシャッターを切った瞬間、画面の中の顔が変化した。

見覚えのない顔へと置き換わっていた。


新宿駅へと戻った美咲は、構内の様子に違和感を覚える。

誰もいないはずなのに、足音が響く。

ホームの電光掲示板には、終電後のはずなのにこう表示されていた。


>「次の列車 0番線 到着予定:04:06」


まるで、地下の世界が地上へと滲み出している。


駅の掲示板に貼られた一枚の注意書き――


>「駅構内にて“顔のない影”を見かけても絶対に目を合わせないでください」


署名はなかった。

だが文字は、黒川俊也の筆跡だった。


美咲は心臓が握り潰されるような感覚に陥る。

駅の片隅で、小さな少年がしゃがんでいた。

顔はあったが、瞳が空白だった。


その子が静かに呟いた。


「ぼく、誰だっけ……?」


駅は、すでに迷宮と化していた。


美咲の耳元でアナウンスが囁く。


>「あなたの顔は、こちらでお預かりしています」


そして、彼女のスマホのカメラが勝手に起動し、静かにシャッターを切った。


そこには、自分の“今の顔”が映っていなかった。


ただ、“誰かの微笑み”だけが浮かんでいた。

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