第2話 バレー教室だと騙されていた話
「ほら、アユミ、起きなさい。もう着くわよ」
ママの声だ。
いつしか、本当に眠っていた様だ。
「ホラ、こんなに足を広げて。ズボンだからいいけど、はしたないわよ」
「え? どうして。いいじゃん、足広げたって」
「いくら男っぽい恰好しているからって、仕草ぐらい気をつけなさい」
「はいはい」
それを言われちゃ仕方ない。
目を覚まして、前を見る。電車が駅に着く様だ。
「降りるわよ。早く立って」
「う、うん」
立ち上がって、足元のカバンを持つ。
ドアが開くと同時に、女性専用車から出た。
寝起きでまだフラフラする。
何かフワフワして、自分の身体じゃないみたい。
ママと一緒に、階段を降りていく。
まだ何か、夢の中みたいな。
あれ? あ……。ちょっと尿意。
「ママ、トイレ行く」
「そう? じゃ、ママも行くわ」
階段を降りたところに、駅のトイレがあった。
「じゃあ」
と言って、普通にトイレに行こうとしたら
「コラ。まだ寝ぼけて。あなたはこっちでしょ」
そう言ってママは女性用トイレの方に引っ張った。
「あ……」
寝ぼけて、まさかの男性用トイレに入ろうとしていた。
いくら外観が男に見えても、それだけは絶対にダメだ。
フラフラしていたから、ママに腕を掴まれて女子トイレに入った。
かと思うと、開いていた個室にドンと押し込まれた。
ちょっと! と思ったけど、もう中に入ってしまった。
ああ、早くシャキっと目を覚まさないと。
尿意はだいぶ強くなってきたから、仕方ない、ズボンとパンツを下ろして、洋式便座に座って用をたした。
コレばっかりはどんなにボクが男っぽくても、立っては出来ない。
ジャーっと、水を流して外に出た。
個室から出たけどママはいない。
洗面台で手を洗う。
鏡に映った自分は、いつもの自分だ。
あ、寝ぐせで髪がちょっと跳ねている。水で濡らして、跳ねを整える。
「あら、もう出たの。じゃあ行くわよ」
隣の個室からママが出てきて、洗面台で手を洗った。
ボクが手を洗うと、背中を押して
「思ったより電車で時間かかっちゃったわ。急がないと」
「うん、分かった」
何時に開始かは知らないけど、ただ急がなきゃと思ってママの後ろを付いて歩いていった。
☆
そのスポーツセンターは、以前行った事がある。駅を出て北に5分位歩いた所だった。思い出した。その時は夏のプールで利用した。プール以外でも体育館とか併設されていて、色々な教室も開催されている様だ。
入ってすぐ正面に、大きな体育館があった。ダン・ダンとボールが跳ね音、その大きく開いたドアから、バレーボールやバスケットボールをプレイしている人達が見えている。
ボクはさっそく、そっちの方向に行こうとした。
「どこに行くの? そっちは男子ばっかりよ」
「え?」
あ、確かに。そこで練習しているのは男子ばっかりだ。
「女子は、こっち」
ママはエレベーターの方に行き、ボタンを押す。
え、体育館じゃなくて教室でするの?
いくら女子ばっかりだと言っても、狭すぎない?
エレベーターで3階に上がり、その奥の方に歩いて行ったので、付いて行く。
中から、女の子達達の声。
扉を開ける。
「え?」
中には、体操着・レオタードを着た女の子たちが、集まっている。早く集まった子同士でしゃべりながら、ステップ踏んだり、クルクル回ったりしながら、見せ合ってたり教え合っている。
入口の看板には、日曜・ジュニア・バレエ教室と書かれたプレートが掛けてある。
ついでに直近にするのか。バレエの公演のポスターがいくつか貼られている。
『〇〇バレエ団・白鳥の湖』・『バレエアンサンブル・ガラ公演』・『ロイヤル・シネバレエ』ets。
どう見ても、バレーボールじゃ、ありえない。
「ママー、これバ↑レ↓ーじゃなくて、バ↓レ↑エ……」
「何言っているの。ちゃんと言ったでしょ。バレエするって」
「え、バレーボールじゃないの!?」
教室を見返す。
下は幼稚園ぐらいから、上は中学生ぐらいか。
男の子はいない……あ、いない事はないか。幼稚園児くらいの子が数人。
見事に華やかな、女の園。
改めてママの顔を見る。
キリっと真面目な顔をしているので、睨む様に見つめた。
何か笑いを
さらにキっと睨んだら、すっと視線を躱された。
あぁ、やっぱり……ダ・マ・サ・レ・タ!!
何でバレーなんだろうと思っていたけど、最初っからボクをバレエ教室に連れて来たくて一芝居打ったんだ。
こんな女々しいダンスなんて、絶対に嫌だ!
「帰る!」
ボクは回れ右して帰ろうとした。
「ダメよ。もう申し込んじゃったんだから」
そう言ってママは受付用紙を見せた。
「もうレッスン料は払っちゃったんだから、このレッスンは最後までやりとげなさい。それでも帰るのなら、この初回レッスン料はお小遣いから減らすからね!」
「そんなぁ」
えっと、こういう教室のレッスン料ってどれくらいだろうか。
千円……って事はないよな。2千円? 3千円?。3千円だったら月のお小遣い全部持っていかれた上、来月分まで食い込む。
今月、欲しいマンガが出るし
「はぁ……」
もはや、このバレエのレッスンを受けないという選択肢は無くなっていた。
「分かったよ。でも今回だけだからね」
「はいはい」
「本当に、今回だけだよ。絶対だよ」
「分かった、分かった」
「約束だからね。知らんふりして破らないでよ!」
「しつこいわね。約束します」
ママに手を引っ張られ、更衣室の方に向かった。
「着替えるわよ。こっちへ来なさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます