第2話 断絶と共鳴

004

 ──夜の漢都・南区。九番下街。


 雨上がりの路地には、濡れたアスファルトの匂いが立ち込めていた。

 頭上のネオンサインが、濃紺の闇を切り裂くように瞬く。


 その隙間を縫うように、数人の男たちが走っていた。

 荒い息。乾いた足音。誰もが背中に焦燥を張り付かせている。


「急げ……!検知されてねえとは限らねえ!」


「バカ言え、ここは南区だぞ?あの組織がこんな路地まで来るもんか!」


 ──その瞬間、音が消えた。


 まるで世界から“意味”が削がれたかのように、空気が凍った。


 次の瞬間、鋭い風音とともに、一本の線が宙を走った。


「──《切ノ段》」


 闇の中から現れたのは、黒衣の青年。

 長身痩躯。刃のように鋭い視線。肩に翻る軍服の赤。


 彼が地を踏み、抜刀の残響だけを残して前方を断つと、

 男の一人が叫ぶ間もなく、足元を斬り裂かれて倒れ込んだ。


「くそっ、なに──!?」


「もうひとり来てる!」


 声と同時に、路地裏の脇から少女が飛び出す。


 白を基調とした制服にミニスカート、ロングヘアをなびかせながら、

 彼女は両手を開いた。

 左掌に、光が宿る。


「……ユウ・エンゲル、起動。識別コード:心(こころ)系統。同期開始──」


 掌に浮かぶ部首「忄」が、淡いピンクに輝いた。


「描くよ、今の“あなた”を──憶刻ノレコード!」


 右指で宙に素早く“意”の字を描き、両掌を合わせた瞬間──

 空気が震え、逃亡者の動きがぴたりと止まる。


「……な、なんだ……頭が……重……い……」


 男の手が震え、銃口を向ける余裕すら失われた。


「はい、動きすぎたね。今夜はお休み!」


 ユウが口角を上げて、スカートを翻しながら歩く。

 表情は明るいが、瞳だけは冷静に対象の心理を読み取っていた。


「先輩、そっち完了? あと二人だね!」

 両手を胸の前で合わせると、数百メートル離れた先の少年の思念が脳裏に響いた。


 無言で頷いたリキヤが、次の技を発動する。


「──《刻ノ段》」


 彼が描いたのは「刻」。

 目の前の男が一瞬無事そうに見えたが、次の瞬間、身体が内部から裂けるように崩れた。


「っ、ぐぅ……っ!!」


 ──時間差で届く刃。それが《刻》の力。


 リキヤが静かに刀を納め、周囲を見渡す。

 制圧完了。──だが、ひとつだけ、気配が消えていない。


「いる。核宿者……残ってる」


 ビルの上、闇に紛れるように一人の影が佇んでいた。


 顔は見えない。けれど、確かに異能の波長を持っている。


「君たち、なかなかやるじゃないか」


 その声は不思議と耳に残った。


「っ──!」


 リキヤが踏み出す。


 しかし、ユウが思念を飛ばして制止する。リキヤの思考が途端に鈍る。


「待って、それ──罠。……こっちの位置、見せたらマズい」


「……チッ」


「はい、落ち着いて。斬らない。今はダメ」


 彼女は口をとがらせながら、それでも視線だけは逃げた影を追っていた。


 今回はここまで。捉えた筆人(無能力者)の処理もしなければならない。

 ふっと息を吐いた少女からは、先刻までの淡い桃色の光は消えていた。


 少年も、キンッと刀を鞘に納める。

 振り返って互いに顔を見合わせると、先に空気の違和感を感じ取ったリキヤが眉間にシワを寄せた。


「……さっきの人とは違う波。

 今感じたやつ──なんか、もっと……不安定で、でも懐かしい。まるで──」


 続いてユウが振り返った方角。

 そこには、彼らがまだ知らぬ“もうひとつの異能の光”が、微かに瞬いていた。


 夜の中に、確かな予兆が息づいていた。

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《ノマの記憶》~僕だけ繰り返す力を持っていた件~ 須賀 優 @Suga_Suguru

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