第40話 ルーレット族を射殺
地下室で小林を襲ったあと、鬼塚はしばらくその場を動かなかった。金属バットの先からぽたぽたと垂れる血が、コンクリートの床に淡い染みを広げていく。彼の脳裏には、かつて自分が見せられた「後悔の形」、すなわち広末の叫びと涙がこだましていた。
しかしその感傷は長くは続かなかった。彼の耳に、地下通路の奥から聞こえてくる奇妙な音があった――「カラカラ……カララ……ピタ」。まるで、ルーレットの回転が止まるような、乾いた金属音。
鬼塚はゆっくりと顔を上げた。音のする方へ歩いていくと、かつて病院が精神実験用に使っていたという“隔離実験室”の前に出た。扉はひしゃげ、鍵は壊れていた。中から、誰かの笑い声がかすかに漏れてくる。
部屋の中には、ルーレットを回す集団がいた。彼らは、かつて治療不可能と診断され、世間から消された元患者たちだった。誰もが顔に仮面をつけており、順番に弾の入った散弾銃をルーレット式に回しては、自らの頭に向けて引き金を引く。名付けて「ルーレット族」。
その行為には何の意味も、倫理もなかった。ただ、「感染」を断ち切るには自らが“選ばれる”しかないという妄信に支配されていた。
鬼塚は一歩、また一歩と足を踏み入れる。「……こんなもんが、感染の源か」
一人の仮面の男が顔を向けた。「お前も回せ……ルールは一つ。引き金を引く、それだけだ」
鬼塚は黙って、床に転がる散弾銃を拾い上げた。手に取った瞬間、彼の中の“怒り”が反応した。広末の悲鳴、小林の目、小さな子供が病室で泣いていた記憶、すべてがフラッシュバックする。
「そんなルール、知るかよ……」
鬼塚は仮面の男に銃口を向け、引き金を引いた。轟音。男の仮面が吹き飛び、血煙が壁を染めた。
「これは、俺の“マニュアル”だ」
そこからは地獄だった。ルーレット族は「裏切り者」として一斉に鬼塚に襲いかかる。しかし鬼塚はすでに、人としての境界線を超えていた。床に倒れた死体のそばから、新たな散弾銃を拾い上げると、無慈悲に、正確に、感染源を“削除”していった。
血まみれの中、最後の一人が息絶えると、部屋は静まり返った。そこに、辰が姿を現す。
「……鬼塚、お前、何をした」
鬼塚は振り返り、辰に言った。
「見ただろ。ここには“選ばれた”連中がいた。だがもう終わりだ。本当の感染源は……“選択そのもの”だ」
辰は銃を構える。「なら、お前も……」
二人の間に、静寂が走った。そして再び、あの乾いたルーレットの音がどこからともなく響き始める。
感染は、まだ終わっていなかった。
悪態刑事 10万字以上15万字以内で完結していること。 鷹山トシキ @1982
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