第3話
◆第3章:裏切られた制服(導入)
|場所:福島県・南相馬市|2033年3月
福島県・南相馬市
早朝、霧の中の海岸
一面の濃霧が、海と陸の境界を消していた。
波の音も、遠くで響くだけで、現実味がない。
レオンは、朽ちた波止場の上に立っていた。
足元には鉄錆と砂が混じり、誰かが落とした軍用の徽章が転がっている。
向こうから、一人の男が歩いてきた。
Tシャツにカーキ色のジャケット、粗野なブーツ。
長髪を束ね、瞳には諦めと怒りが交じった光があった。
椎名尚紀――元陸上自衛隊・情報科少佐。
かつてレオンが外交判断で見殺しにした部隊の指揮官。
今は政府を告発する“裏切り者”として、一部の市民から神のように崇められている。
椎名は立ち止まるなり、言った。
「どの面下げて来た。てめえが“交渉”と呼んだあの夜に、俺の仲間は死んだんだ」
レオンは、返す言葉を持たなかった。
ただ、黒いハードケースをゆっくりと椎名の前に差し出した。
「これは……未来のための情報だ。過去を裁くためじゃない。
だが、君がこれを無視するなら――俺は次の仲間を探すまでだ」
霧の中、沈黙が落ちた。
海は、すべてを呑み込むように、静かにうねっていた。
南相馬・廃校の体育館
午前10時すぎ
椎名の隠れ家は、かつて地元の小中学生の歓声が響いていた、古びた校舎の奥にあった。
今は電気も通っておらず、窓ガラスの大半は割れ、床に風が吹き込んでいる。
体育館の片隅には、軍用テントとサーバーラックが無造作に並んでいた。
傍らには、椎名が拾ってきたらしい発電機と、数台の監視ドローン。
反政府地下組織というよりも、孤独な生き残りの巣穴だった。
椎名は、古びた金属ポットで湯を沸かしながら、レオンを睨みつけたまま言った。
「この国がどれだけ腐ってるか、あんたに説明しても無駄だろうが……」
「無駄じゃない。あの日のことは、俺も……忘れていない」
「忘れてない? じゃあ、なぜ止めなかった!
あの時、北京との裏交渉のために、俺たちを“現地の暴発”として切り捨てたのは――お前だろ!」
レオンは、言葉を返せなかった。
2019年――尖閣諸島沖で起きた、自衛隊と中国漁船との衝突事件。
報道には出なかったが、椎名の部隊は“外交の失敗”を取り繕うため、政府によって静かに命を絶たせられたのだった。
「俺の隊の兵士は、遺族にさえ真実を話せなかった。理由も、経緯も。
あいつらは“訓練中の事故死”って報告されたんだ。舐めてんのか?」
「……すまない。あのときの俺には、命令を覆す力がなかった」
「そうかよ」
椎名は、レオンに向かってコップを投げつけた。
コンクリートの床に叩きつけられ、乾いた音が響く。
だが、それでもレオンは逃げなかった。
「日本は、今度はもっと大きな“事故”を起こそうとしている。
次は“実戦”だ。しかも、核兵器を伴ってな」
椎名の動きが止まった。
「核……? あんた、何言って――」
レオンはゆっくりと、ハードケースを開いた。
中には、張から託された機密文書と、政府が民間を隠れ蓑にして進めている核兵器開発の実態を示す記録映像が収められていた。
椎名はそれを黙って見つめ、やがて震える手で映像ファイルをスクロールした。
「これは……防衛技研の通称“白鷺計画”。
俺も辞める直前、名前だけは聞いたことがある。まさか本当に……」
レオンが静かに言った。
「だからこそ、君が必要なんだ。俺には軍事の内情がわからない。
君のような人間が必要なんだ、椎名。
政府の嘘を暴き、真実を――日本の国民のために外へ届けるために」
椎名は拳を握りしめたまま、長く黙っていた。
やがて、小さな声でつぶやく。
「……俺に、まだ国の未来を語る資格があるかはわからない。
だけどな――」
椎名は目を細め、天井の抜け落ちた破れから見える空を見上げた。
「死んでったあいつらに、ただ黙ってるわけにはいかねえよな」
レオンの手が、差し出される。
椎名はしばしそれを見つめ、やがて力強く、握り返した
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