第4話
◆第4章:霞が関の内側
場所:東京・日本|2033年4月
――防衛省・政策企画局/深夜の資料室――
天井の蛍光灯が、一つだけ点滅していた。
防衛省地下、封鎖された資料閲覧室。
吉良千尋は指先に汗を滲ませながら、暗いキャビネットを漁っていた。
時間は午前2時。
IDカードのログ記録を避けるため、彼は上司の認証を裏でコピーした仮タグを使って侵入している。
不正アクセスは重罪――だが、それでもやるしかなかった。
「……“白鷺計画”……“黒環(こっかん)予算”……」
硬質な紙ファイルに目を走らせながら、吉良の胸は微かに軋むように痛んでいた。
彼の父もまた、防衛省の官僚だった。
「国を守る」と口癖のように語っていた父が、いま政府が進める“第二の核施設”に耐えられただろうか。
——あれは本当に、抑止力か?
——それとも、攻撃の準備か?
「千尋さん」
背後から声がした。
書類を握る手に、力が入る。振り返ると、経理課の同期・水谷が立っていた。
「最近、君……変わったよな。やけに夜勤が多いし、ログの動きも……」
吉良は一瞬、息を呑んだ。
「気のせいだよ。そっちこそ、何でこんな時間に?」
「……なんとなく。嫌な予感がしてさ。君のこと、な」
水谷の声は冷たくもなければ、問い詰めるものでもなかった。
ただ、心配するような色がかすかに混じっていた。
「なあ千尋。俺たち、“公務員”だぜ? 政府に逆らっても、誰も守ってくれない」
「……逆らうつもりはない。ただ、知りたいだけだ。“正しいこと”が何かを」
水谷はわずかに口元を動かした。
「……もし、君が何かを始めようとしてるなら。俺にも、それを教えてくれ」
「……え?」
「信じてるよ、お前の判断を」
水谷はそう言い残して、静かに立ち去っていった。
その胸に、確かに何かが芽生え、変わり始めているのを感じながら。
――春雷計画(第二施設)――
吉良は、ファイルの一つを手に取り、内容を確認すると、すぐにスマートフォンを取り出した。
無音モードに切り替え、手早く書類の中身を撮影していく。
ページをめくるごとに、記録されていたのは国家の深層部に隠された、危険な真実だった。
コードネーム:春雷(しゅんらい)
正式名称:防衛装備庁・戦略技術研究補完施設(仮称)
通称:第二施設
春雷計画」は、日本政府が公式には極限環境向けの小型原子力エネルギー技術の研究プロジェクトとして予算化されている。
しかし、その実態は、核兵器の保有を前提とした起爆装置の開発と、戦術核の小型化を目指した秘密裏の軍事計画だった。
春雷――それは春の訪れを告げる雷鳴であり、日本文化では「眠りを覚ます一撃」とも言われている。
この計画はまさに、その名の通り、戦後日本の安全保障体制に眠る倫理の境界線を揺るがす「目覚めの雷」だった。
吉良は、最後のページまで撮影し終えると、しばし息を整えた。
この情報は、誰かに渡さなければならない。
そう確信したとき、彼の脳裏に浮かんだのは、先日匿名のチャンネル経由で届いた奇妙なメッセージだった。
《正義とは、誰かが言うものではなく、自分で選ぶものだ》
それは、レオンと名乗る男からの通信だった。
送信元は匿名化され、正体も意図も明らかではなかった。
だが、不思議とその言葉には、信じてみたくなる力があった。
吉良は、撮影したファイルを暗号化し、端末内の別フォルダに移す。
“もしものとき”の保険として、さらにそのデータを外部の安全なクラウドにアップロードし、
レオン宛に、一行だけメッセージを添えた。
「あの雷が、本当に春を連れてくるものか。
――それは、あなたが判断してくれ」
ファイルを転送し終えたとき、吉良の中にあった迷いは、静かに消えていた
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