第54話 定められた未来への反逆⑤

「……こんなものかしら」


 神田を足止めせんと襲ってきた防衛隊――の装備を付けた何者か――を、増援も含め20人近くを全て打ち倒し、東條翼はとりあえず息をついた。桜花戦士を引退して以来久しぶりの実戦、それも不慣れな対人戦ではあったが、まだまだ衰えてはいないようだ。


 ……という自負を差し置いても、かれらの動きには違和感があった。訓練を受けた戦闘員の動きとしてはあまりにも精彩を欠いていたように思う。


 敵の正体を確かめたいところではあったが、今はそんな余裕はない。神田と合流するため、ソフィア本部を目指して走り出そうとした刹那、殺気を感じて翼は飛び退いた。


 その足元に、赤い矢のような物体が突き刺さる。


「流石は元最強の桜花戦士。桜花の力を失ってなお、一筋縄ではいきませんね」


 薄暗い研究棟通路の奥から現れたのは、仮面をつけた喪服の少女。その異様な風体は、神田から話聞いた『A.I.O.Nアイオーン』の伝令者メッセンジャーと見て間違いないだろう。


「あなた……何者?」


「神田司令官から聞いているはずでしょう? とぼける意味はありませんよ。彼と鳳局長の繋がりくらい把握しています」


 金属製の床を貫いた赤い矢が、軌道を巻き戻すように少女の手元に戻っていく――矢のように見えたそれは、不定形に姿を変え、無重力下における水の球のように少女の付近に浮いたまま留まった。


 あれは……血液? 血を操る桜花武装……なのだろうか。だが、翼が把握している全ての桜花戦士の中に、あんな能力の少女はいなかったはずだ――。


「しかしこんなに早くミョルニルの起動を嗅ぎつけられたのは予想外でした。あまり余計なことをされると困ってしまうのですが……ねぇ、東條教官」


 少女の声に呼応するように、彼女の周囲に赤い水の球がいくつも形成されていく。


「――痛めつけられたあなたの姿を見たら、神田司令官も素直に私の言うことを聞いてくれるでしょうか?」




 斗悟はソフィア本部の屋上から空を見上げた。


 この真上に、空中要塞と言っていいほど巨大なイーターが浮遊している。到底肉眼では視認できないが、作戦が開始すれば、空中に待機する愛理が、小雪こゆきの桜花武装の力――印を刻んだ物体に「五感」を付与し複数人で共有できる能力だ――によって視界を共有してくれる手筈になっている。


『会崎斗悟。準備はいいか』


 端末リーフから流れる神田の声に、斗悟は一呼吸置いて「大丈夫です」と答えた。


『比奈子はどうだ』


「あたしもオッケー」


 ……そんなはずはない。隣に立つ比奈子は、努めて平気そうなフリをしている。だが、回復したとはいえさっきまで重傷を負っていた上に、『開花形態ブルーム・フォーム』を使った直後である。本来なら戦える状態じゃないはずだ。


 だが、この作戦には彼女の力が不可欠だった。人類の存亡をかけた、失敗の許されない任務だ。



「結界を破ったのは、高高度を飛行する要塞型イーター『テクトン・メナス』の超長距離砲撃だ。あと二十分で次の砲撃が来る。その前に、地上からの狙撃でテクトン・メナスを撃墜する」


 神田が説明した作戦はこうだ。


 まず愛理が『開花形態ブルーム・フォーム』によりテクトン・メナスの周囲に展開された障壁バリアを破壊して防御力を下げる。そして共有された彼女の視界を照準として、地上から比奈子と斗悟の桜花武装雷霆万鈞の狙撃によってテクトン・メナスを撃ち抜く――。


「テクトン・メナスが浮遊する高度40Km地点の環境でも、愛理の『開花形態ブルーム・フォーム』なら短時間は耐えられる。その間に奴の防御システムを破壊してもらう」


「…………」


 愛理一人に任せるにはあまりにも困難な、そして責任の重い役目だ。普段の神田ならばこんな負担を強いる作戦は立てないだろう。それだけ今が切羽詰まった状況であることの証だった。


「防御システムの破壊、そして愛理の目視により照準が確保できたら、会崎斗悟と比奈子で雷霆万鈞による狙撃を行う。比奈子は『開花形態ブルーム・フォーム』で長距離狙撃能力を強化しろ」


 雷霆万鈞の『開花形態ブルーム・フォーム』による追加特性は、通常時の能力をより極端にしたものだ――パラメータの配分を偏らせるほどに、


 射程と破壊力に特化させることで、成層圏の飛行要塞を撃ち抜くことすら可能になるのだ。その分、速射性と重量は犠牲になるが。


「そして会崎斗悟。お前は他の桜花戦士達から限界まで桜力を集めて、雷霆万鈞を強化しろ。『開花形態ブルーム・フォーム』を使えない分、桜力の絶対量で射程と威力をカバーするんだ」


「……はい」


 この作戦には、懸念が二つある。その一つがこれだ。


 斗悟は多くの桜花戦士から桜力を集めることができるが、しかし集めた桜力の分だけ無限に雷霆万鈞を強化できるわけではない、ということ。


 雷霆万鈞自体の限界出力が100だとしたら、1000の桜力を集めたところで、一撃の威力を1000まで上げることはできないのだ――威力100の攻撃を10回できるようになるだけで。


 雷霆万鈞の限界出力を上げる方法はただ一つ、『開花形態ブルーム・フォーム』だけだ。しかし斗悟は『開花形態ブルーム・フォーム』を使えない。愛理の花篝はなかがりでも試したが無理だった。


 〈祈りを満たす勇気の器インフィニティ・ブレイヴァー〉は、信頼を得た相手の全ての能力を借り受けることができるはずなのだが、『開花形態ブルーム・フォーム』には適用されないらしい(理仁はこれについて、「神樹の枝が体内にあることが『開花形態ブルーム・フォーム』の発動条件の一つではないか」と推測していた)。


 斗悟は歯噛みした。


 花篝の『開花形態ブルーム・フォーム』は短時間なら成層圏の極限環境でも稼働できる。それができれば斗悟が直接〈絶望の未来を壊す剣バッドエンド・ブレイカー〉でテクトン・メナスを斬りつけるだけで良かったのだ。こんなリスクの高い狙撃作戦を採らなくても良かったのに……!


「オレが『開花形態ブルーム・フォーム』使えれば、とか考えてる? 斗悟くん」


 比奈子に図星を突かれ、斗悟は一瞬言葉に詰まる。


「そんな風に一人で背負い込もうとしなくて良いって。今回はあたしを頼ってよ。こういうの得意なんだから」


「……比奈子」


 もう一つの懸念が、比奈子だ。


 蓮の歌によって多少回復したとはいえ、ついさっきまで『開花形態ブルーム・フォーム』を使っていた彼女は、本来であれば丸一日寝込んでもおかしくないほど消耗しているはずだ。だが自分に代わりがいないことを知っている彼女は、皆に心配を掛けないように強がっている。



「これ以上比奈子に無理をさせるべきじゃないのはわかっている。だが……他に方法がない。頼む、会崎斗悟。少しでも比奈子の負担を軽減できるように、狙撃の威力を補強してくれ」



 神田が斗悟に頼み事をしてきたのはこれが初めてだ。その想いに応えなければならない。

 そして何より――比奈子を、守らなければならない。


『総員、準備はいいな。これより、テクトン・メナス撃墜作戦を開始す――』


『待ってくれ、司令! ヤツの様子がおかしい!』


 神田の号令を、愛理の緊急通信が遮った。


『テクトン・メナスの口が開いて、エネルギーが溜まってる! 砲撃する気だ!』


『なんだと……⁉︎』


 予測よりも早い。この二撃目が来る前に狙撃を行う作戦だったのに……!


『視覚を共有する! みんな目を閉じて!』


 愛理の声に従い目を閉じる――目を閉じているのに、脳に直接別の視界が映し出される不思議な感覚があった。


 青い空を遥か下に越えて、黒々とした宇宙に太陽の恐るべき光量が目を灼く成層圏の景色――その視界の奥に、自然光とは明らかに異質な毒々しい紅の光が妖しく輝いていた。


 愛理が凄まじい速度で光源に迫る。近づくほどに巨大さを増すそれは、目測でも全長100メートルは超えているように感じた。


 ――あれが、テクトン・メナス。


 形状としては、そら豆を思わせるような巨大な楕円型の立体で、イーター特有の生体的な組織と機械部品を無理矢理組み合わせたような外観だ。中でもこいつは、特にアンバランスでグロテスクに見える。


 何というか――造りがのだ。ところどころ体液が流れ出ていたり機械部品がこぼれ落ちていたり、まるで間に合わせの急造品のような雑さを感じる。


 本体の巨大さもあいまって、直径数十メートルに及ぶ顎が開く様はそれだけで本能的な恐怖を呼び起こす光景だった。紅い光は開かれた大口の奥から発しており、顎がそのまま魔力砲の発射口になっているのだろう――そういえば斗悟がこの世界で最初に出会ったイーターも、口から魔力を熱線に変えて撃ち出す能力を持っていた。


『……多分、あと一分もしないうちに発射される。もう地上からの狙撃は間に合わない。一か八か、花篝の翼で奴の口を直接攻撃してみる』


 愛理の静かな声に、斗悟は背筋が冷えた。この声色は、愛理が命を捨てる覚悟を決めた時のものだと知っていたからだ。


「ダメだ! もし発射を阻止できたとして……そのエネルギーはどうなる⁉︎ 行き場を失ってその場で爆発するかもしれない! 君まで巻き添えになるぞ!」


 この説得に意味がないことは斗悟もわかっていた。愛理はもちろんそれを承知済みで言っているのだから。


『だが他に手はないだろう? 心配しないで、うまく逃げてみせるさ。だから――』


『いや。手はある』


 神田が落ち着いた声でそう言った。


『作戦変更だ。。砲撃のために奴自身の防御が手薄になったその隙を突く』


『な……だけど司令、それじゃ奴の砲撃をどう防ぐんだ? 応急修復したばかりの結界にもう一度砲撃を受けたら、今度は貫通して桜都が吹き飛んじゃうかもしれないぞ!』


『大丈夫だ。防御手段が間に合った。一度限りだがな』


 それは一体、と問う暇はなかった。


 テクトン・メナスの口内が一際眩い光を放ち、そして一瞬の後に収束する。発射の最終段階に入ったと見て間違いなかった。


『来るぞ! テクトン・メナスの砲撃は必ず防ぐ! それが途切れた瞬間が最大のチャンスだ! いつでも撃てるように備えておけ!』


 ――直後。


 空が赤く染まり、テクトン・メナスの砲口から、神の鉄槌の如き深紅の魔力砲が、地上の桜都に向けて一直線に撃ち放たれた。

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