第42話 幸せの定義①
「おまたせー」
待ち合わせ場所の噴水前に現れた比奈子に、斗悟は目を奪われた。
キャミソールの上から薄手のシャツを羽織ったショートパンツ姿。
露出が多めで、彼女の魅力的なスタイルが強調されている――というのはもちろんのこと、いかにも「女の子の私服」と言った華やかな雰囲気の装いを見たのが久しぶりだったというのも、目を惹かれた理由である。
100年後の世界に来てから出会う桜花少女達の服装は、基本的に桜花部隊の制服か訓練用のジャージ、私服も動きやすさを重視したシンプルなものが多かった。
こんな風に、いかにも「外出用のオシャレ」とわかる服装を、自分と出かけるために用意してくれたと思うと、なんだかむず痒いような嬉しいような。
斗悟の視線に気づいた比奈子がイタズラっぽく笑う。
「なに? 見惚れちゃった?」
「い、いやそんなことは……――ある、な。あんまり似合ってるから、つい見惚れてしまった」
正直に答えると、自分から振ったくせに、比奈子は頬を染めて目を泳がせた。比奈子にはいつもからかわれっぱなしだったから、ささやかな仕返しができたようで楽しい。
「……ありがと。もー、ヤダなぁその慣れた感じの返し。どーせ会う女の子みんなにそーいうこと言ってるんでしょ〜」
「そんなこと……!」
……あるかもしれない。
「あっ……たとしても、心にもないお世辞を言ってるわけじゃなくて! 本心からそう思って言ってるんだ!」
「はいはい。じゃー早速行こっか、勇者くん?」
そう笑いかけて、比奈子が手を差し出してくる。あまりにも自然な動きだったので、反射的にこちらも握手のように手を伸ばすと、ぎゅっと掴まれ、比奈子はそのまま歩き出してしまった。
……コレだと傍目には仲睦まじく手を繋いで歩いているようにしか見えない。結構な人目がある街中だというのに。
「ひ、比奈子、手……!」
「なぁに?」
明らかに確信犯的な微笑みでとぼける比奈子。無理矢理振り解くわけにもいかず、手を引かれながら、斗悟はやはり彼女には勝てないと思い知るのだった。
「勇者くんさー。任務とか訓練とか
と、比奈子が誘ってくれたのが本日の「デート」の趣旨である。
確かに、桜都に来てから怒涛の日々で、任務以外ほとんどソフィア本部ビルから出ない生活を送っていた斗悟にとっては魅力的な提案だった。ただ、特務分隊の皆も誘って一緒に行くのはどうかと伝えたところ、
「あたしは君と二人っきりで行きたいなー。……だめ?」
そのセリフと甘えた声色への考察で脳のリソースが埋め尽くされ、数秒間沈黙してしまう。やがて比奈子は笑い出し、
「なーんてね。みんなにも声掛けたんだけど、休みが合わなくってさ。だから今回は二人で行こ?」
そういう運びで、今日は比奈子と一対一のデートになったのだ。……何かうまく弄ばれている気がしないでもないが。
「ここがねー。今桜都で一番のホットスポット、『
そこはソフィア本部から徒歩20分程度の、桜都でも中心街と呼べるほど発展した一画にある大通りだった。
通り全体に緩やかな傾斜があり、奥に行くほど高くなっている。最奥部は高台になっているようだ。
周辺の街並みと比べても、明らかに新しく華やかな雰囲気で、行き交う人々も活気に満ちている。
通りに連なる店舗も、飲食店や服飾店、雑貨店など、『娯楽』に焦点を当てたものが多く、およそ今まで斗悟が感じていた桜都のイメージとはまるで異なる印象を受けた――ここだけを見れば、とても人類が正体不明の天敵によって絶滅寸前まで追い込まれているとは思えない。
「じゃーまずは腹ごしらえしよっか!」
甘い匂いに釣られるように、二人でクレープを買って歩きながら食べた。
「ここのクレープ、本物のフルーツ使ってるから美味しいんだよね〜。高いけどさ」
比奈子の言うとおり、生地や生クリーム等は合成食品のようだが、少量とはいえ本物のフルーツが入っていることで段違いに美味しく感じる。というか果物自体食べたのは久しぶりだ。
次に訪れたのは、なんと猫カフェだった。100年の時が経っても、滅亡寸前に追い込まれていようとも、人類の猫好きが変わっていないことに思わず笑みがこぼれる。
「か〜わいい〜❤️」
比奈子はお気に入りの子を見つけて夢中になっている。美少女が猫を撫でている様は微笑ましく、それだけで絵になる光景だ。
……そういえば桜夜も猫が好きだった。いや、好きだったのは猫だけでなく可愛い生き物全般か。桜夜の「可愛い」範囲は常人よりもかなり広め(哺乳類〜一部の節足動物まで)だったので、戸惑うこともあったが……。
「勇者くん? どしたの?」
目の前に揺れる猫じゃらしで我に帰る。猫を抱っこした比奈子が首を傾げていた。
「あ……ああ、なんでもない。ちょっと見惚れてて。猫に」
思わず嘘をつく。
「ふーん……そっか」
比奈子の笑顔に、少し胸がちくりとした。
「いやー、最後の『ワンダールーム』ヤバかったねー!」
『ワンダールーム』は、過去の様々な創作作品を再現したVR空間に入り込み、五感でその世界観を体験できるというサービスが提供している店舗だ。
比奈子が面白がって、カオス展開で有名だったホビーアニメの世界を体験してみることになったのだが……。
「おもちゃのレースゲームなのに、出てくる人みんなガチすぎてメッチャおもしろかった〜! なんか街の地面からフツーにゲームフィールド出てくるし、ツッコミどころ満載すぎ!」
「ま、まぁ子どもにおもちゃを買ってもらうためのアニメだから、多少大袈裟でも仕方ないさ」
「アレ見ておもちゃ買いたいってなるのかな? よくわかんないけど。……あと勇者くん、結構ノリノリで必殺技とか叫んでたよね」
「ぜ、せっかくだから思い切ってやった方が楽しいだろ! 大体、そういう比奈子だってヒロインのセリフ叫んでたじゃないか」
「うん、あたしもそう思うもん。おんなじだね」
微笑む比奈子に、またもしてやられた気分になる。
手玉に取られているはずなのに、少しも嫌な気がしない……どころか、謎の心地良さすら感じさせられてしまうのが恐ろしい。
「どう? 楽しかった?」
「ああ、とても。……なんか、昔を――世界の命運をかけた戦いとか、そういうのとは全く無縁の、ただただ『自分達の日常』を目一杯過ごしていた頃を、思い出せるような場所だったよ」
「そっか。そう言ってもらえると、あたしも嬉しいな」
嬉しい、とはどういうことだろうか。それを尋ねる前に比奈子が続ける。
「ここってさ。あたしのパパと神田司令のアイディアで造られたんだって」
「比奈子の……お父さんが?」
「うん。今は防域局長なんだけど、前は都市開発とかそういう部署にいて、その時に司令と相談して企画したって言ってた。
司令が若いのにあんな偉くなれたのって、桜花戦士の待遇とか生活環境とかを改善して部隊をすっごい強くしたからってことらしいんだけど、ここもその一環だったみたい」
「じゃあ、ここは元々桜花戦士の息抜きのために整備されたエリアってことか?」
「もちろんそれもあるけど……それ以上に、『幸せそうな人がたくさんいる場所』を桜花戦士が見に行けるようにってコンセプトだったんだってさ。
……まー、桜花戦士の仕事ってなんやかんやシビアだからねー。自分達が頑張って戦ったから、これだけの人の笑顔を守れたんだって……そういう『やりがい』みたいなものが感じられる場所を、身近に作ってあげたかったみたい」
そういえば、愛理を似たようなことを言っていた。
桜都に来たその日の夜。ビルの屋上から静かな街並みを見下ろして。
――たまにここに来て街を見るんだ。そうすると戦う理由を再認識できて、気合いが入る。
他人の幸せを自らの幸せと捉え、そのために力を尽くすことができる――それもまた、紛うことなき人間の「善性」だ。多かれ少なかれ、桜花戦士には皆そういうところがあるのだろう。
……いや、そういう利他的な人間だからこそ、桜花戦士に選定されているのかもしれない……。
「本当にあの人は――神田さんは、桜花戦士のことをよくわかっているんだな」
「ねー。しかもここの整備が動き出したのって10年くらい昔の話だから、今のあたし達とあんまり変わらないくらいの歳でそれ考えてたっての、司令ヤバくない?」
「ヤバい」
「あはは! ……でもさ、司令もすごいけど、実はうちのパパも結構すごいと思うんだよねー。そんなまだ子どもって言っていいくらいの歳だった司令の、けっこーメチャクチャな提案を、ちゃんと本気にして、偉い人とかと掛け合って、実現させちゃったんだからさ」
確かに……いくら神田に桜花戦士への深い理解と非凡な発想があったとしても、それを現実に反映させる実行力は、当時の彼にはなかったはずだ。
「そうだな。そんなこと、ずば抜けた有能さと、何より熱意を持っていなきゃできなかったはずだ。いいお父さんなんだな」
そう伝えた時、今まで見た中で一番と思うくらいに、比奈子が目を輝かせた。その反応だけで、彼女がどれだけ父親を深く想っているかが伝わってくる気がした。
「でしょー! ありがと、勇者くん。パパのことそう言ってくれるの、マジ嬉しい。……ひょっとして、自慢したい感、漏れてた?」
「ああ。君にしてはわかりやす過ぎるくらいに」
比奈子は頬を染め、高台から
「うち、ママが早くに死んじゃってさー。ほとんどパパ一人であたしのこと育ててくれたの。ところが何の因果か、あたしが
「………………」
比奈子の様子を見れば、父親がどれほど愛情深く彼女を育てて来たのかは明白だ。ゆえに、最愛の娘を命懸けの戦場に送らざるを得ないその心中は、察するに余りある。
「人類のために戦うのが桜花戦士だけど、それ以前に、家族のためにも何かしてあげたいよね。それで、あたしにできること何かなーって考えたら、やっぱり『あたしが幸せな姿』をパパに見せてあげるのが一番かなって思ったの。だから普段からなるべく楽しく生きよーと思ってるんだよね」
それが、比奈子の明るさの原点だったのか。自分の幸せすら、
「きっとそれが一番だよ。君のお父さんが何よりも望んでいることだ」
「ありがと。……じゃあさー、勇者くん。あたしの更なる幸せのために、もう一箇所だけ、付き合って欲しいところがあるんだけど」
そう言って、比奈子はまた、彼女らしい小悪魔的な笑みを浮かべた。
————————あとがき————————
更新が遅くなってしまってすみません……。
ちょっと暑さで頭がおかしくなって頭のおかしい新作を書いていたもので……。
↓ちなみにこちらがその新作です。
https://kakuyomu.jp/works/16818792438087437494
主人公が万物をモフモフする話です。よろしければ覗いてみてください。
バッドエンドブレイカーもちゃんと更新します!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます