玩具化

小狸・飯島西諺

掌編

 母は、苦手であった。


 いつだって自分が物語の主人公だと思っていて、絶対的に自分の思想・思考こそが優先されるべきだと思っている――それは母親になった後でも、第2子である妹を出産した後でも同じであった。


 あれこれと理由を付けて、父を叱責し糾弾する光景を、何度も見ていた。


 父は反発しようとするも、その度に「男のくせに」とか「男らしくない」とか言うのである。


 私は最初こそ傍観していたけれど、しかし「男のくせに」「男らしくない」というのは、普通に男性差別ではないか。


 昭和の家父長制がいつまでも残っているわけでもなく、父だって仕事で忙しい中、育児に協力してくれた、良い父であったと思っている。


 そんな父のことを、母は「モラハラ旦那」だとか「中年太り」とか言って、悪いところばかりあげつらう。人間なのだから、良い所と悪い所があって当たり前だろう、それに加えて、「ホント私って可哀想」などということを平気で言う母親に、正直幻滅していた。


 そんな中でも、何が一番幻滅したかと言うと、母は、ウェブで漫画を描いていたのである。


 インスタグラム上に、不定期に更新する漫画を描いていた。


 元々美術方面の才能はあったようなので、漫画の構成や絵のディフォルメなどは結構上手かった。


 ただ、その内容がひどいひどい。


 他責のかたまりのようなものだった。


 自分は悪くないのに、皆がちゃんとしてくれないから、この家族は現状悪いのだ――とばかりに言ってくる。しかも、勝手に家族間であったこと、起こったことを漫画にしているのである。


 嫌ではあった。


 ただ、そこに大量の「いいね」が付いている事実があるのもまた、事実だった。


 ――そうだよね。


 ――ホント夫が使えなくて困る。


 ――私の家なんか……で……で、駄目旦那なんですよ、同じですね!


 ――旦那は金を稼ぐだけの機械だと思ってます(わらい


 とか、毎回大量のコメントが寄せられるほどであった。


 いや、(笑)ではないよ、という話である。


 ただ、そういう母の漫画に付けられる大量の「いいね」やコメントが、何と言うか世界というか、世の中を表しているような気がして、とても虚しい気持ちになった。


 私は。


 勝手に家族の中身をさらされて、嫌だとしか思っていないけれど。


 これを「いいね」と思う人もいるんだ。


 それは、嫌だなあ。


 私がこれから先に行く世の中って、そういうものなのかなあ。


 とか、そんなことを考えて、見て見ぬ振りをしてきた。


 母も母で、漫画を描いているとは話していても、私が父の部屋のパソコンを駆使して、母のアカウントを特定していることは知らない。


 まあいいや、と。


 そう思っていた。


 のだが。


 小学生5年生の時、ある事件が起こった。


 私が、いじめを受けたのである。


 受けたのは暴力を伴わない、例えば集団での無視や筆箱隠し、上履き隠し、聞こえるように愚痴を言う、などの陰湿なものだった。


 契機きっかけは、当時いじめられていた子をかばったから、だと記憶している。


 最初は私も耐えていたけれど、半ば学級構築を諦めていた担任といじめの主犯格の子の仲が良かったことも相まって、いじめはどんどん過激化していった。


 1ヵ月、耐えた。


 2ヵ月、耐えた。


 耐えきれなくなった。


 そして、それを、母に打ち明けた。


 半泣きの状態だったと思う。


 家に帰ってから、そう打ち明けた。


 流石さすがの母でも、親身になって聞いてくれた。


 そんな母が最初にやったことは、何だと思う?


 稿た。


 早速次の日、その漫画が投稿されていた。


 丁度ちょうど土曜日だったので、父も私も休日であった。


 どうやら父も父で、独自のルートで母のアカウントを発見していたらしい。


 初めて父が、母に怒ったのを見た。


「ふざけるな!」


「どれだけこの子が辛い思いをしたと思っている!」


「子どもは、お前の玩具おもちゃじゃないんだ!」


「ちゃんと生きていて、ここに存在しているんだよ!」


「それをなんだお前は!」


「子どもは、お前の承認欲求を満たすための道具じゃない!」


「お前は、異常だ!」


 と、はつかんむりく勢いで、そう言っていた。


 それに対する母の答えを、私は今でも忘れられない。







、『!」








 私と父は、呆れてしまった。


 それからしばらくして、父がいじめ問題を解決してくれた。


 聞くところによると、仕事を休んで、学校に来て、いじめた子らの保護者と先生方に怒鳴り散らしたそうである。


 大人の味方がいるとここまで頼もしいのか、と思った。


 そして母はというと、その美術的気質という面で隠されていた性格の異常さが今回際立ったということもあり、心療内科か精神科か、どちらか忘れてしまったけれど、そういうところに通院することになった。


 漫画は、関連する機材を父が全て処分したことと、アカウント自体を削除したことと、今後一切、無断で家族を描くことを禁ずるという約束を立てたことと、これは憶測でしかないが薬が処方されたことで、自然に打ち切り――という形になった。


 これが、私たち家族にあった事件の、一部始終である。


 ここから何を得、何を感じ取り、何を持って帰り、何を思うかは、読み手の皆様の自由である。


 ただ、世間に未だに跳梁ちょうりょう跋扈ばっこする、そこにいる子どもの人権を完全に無視したふわふわした育児・教育・家族漫画を見るたびに、私が吐き気を覚えていることもまた、忘れないでいてほしい。


 まずお前が病院に行け。


 変な漫画描く前に。




(「がん」――了)

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