第27話



 歩道橋の階段を登り切ったところで俺は彼女を捕まえることができた。

 服装も髪型も塩沢そのものだが、顔を見た瞬間に確信する。


「板井、お前は何がしたいんだよ」


 濃いめのアイメイクに、血を塗ったような真っ赤な口紅。

 中庭で本を読んでいた時とはまるで別人のような顔で、板井王冠姫は俺を睨みつけてきた。


「なんで夏鈴じゃダメなのよっ」

「……塩沢がどうしたって?」


 俺の質問を無視して、板井は叫ぶような声を出す。


「夏鈴ほうがあんたのこと好きなのにっ。あんな女より、夏鈴のほうが上なのにっ。あんた、見る目なさすぎるっ。馬鹿じゃないのっ。死ねよっ」


 どうやら塩沢を振ったことで、責められているらしい。


 もしかして板井は塩沢のために怒っているのだろうか?

 塩沢のことを友人だと思っているから? 正義感が強いから?


 確かにタスクは怒られて当然のサイテー野郎だが、それにしては違和感を覚える。


「甘神はあんたと御伽を二股にかけるようなやりマンなんだよっ。いい加減、気づけっ」


 唾を飛ばして喚き散らす板井の顔をじっと見つめる。すると板井はハッとしたように口元を押さえ、もじもじし始めた。さすがは驚異の顔面偏差値、相手に与える威力が半端ない。


 ――試してみるか。


 板井の本心を知るために、俺はある作戦を思い付き、それを実行することにした。



「俺が甘神と付き合ってるって本気で思ってるのか? あんなの遊びに決まってるだろ」


 セリフも棒読みで、自分でも呆れるほどの大根役者っぷりだったが、


「遊び? それ、本当なの?」


 板井はがっつり食いついてきた。

 瞳を涙で潤ませて、上目遣いに俺を見上げてくる。


「あんなビッチ、俺が本気で相手にすると思うか?」

「ううん、思わない」


 即座に肯定されて、俺、将来は詐欺師か役者を目指そうかな、などと邪な考えが脳裏を過る。


「それに俺、実は本命がいるんだ」

「……他に好きな人がいるってこと?」


 直後、板井の声のトーンが低くなる。


「どこの女よ?」

「今、俺の目の前にいるだろ」


 ドラマの俳優ばりに思わせぶりな態度を取りつつ、優しい声を出す。


「お前だよ、板井」


 彼女の目を真っすぐ見ながら告げると、一瞬にして板井の顔が赤く染まった。


「わ、私?」

「でもお前、塩沢と仲が良いだろ? あいつのこと裏切れないよな?」


 板井は内心の葛藤を表すように目を閉じると、


「うん、裏切れない」


 ということは、やはり板井もタスクに気があるのだ。

 でなければあれほどまでに激しい感情をぶつけてくるはずがない。


 ――愛と憎しみは表裏一体って言うしな。


 しかし彼女は恋愛よりも友情を重んじるタイプなのだろう。

 いいや、二人の間に友情なんてものは存在していない。

 

 現に塩沢のほうは板井に対して何の感情も抱いていないようなので、板井のほうが一方的に塩沢のことを慕っている……いうなれば妄信的な信者に等しい。塩沢に対して、強い憧れがあるのだろう。


 板井の、この乱暴な言葉遣いも、おそらく塩沢の言動を真似ているだけだろうが、脅迫状ならぬ脅迫メッセを送りつけてくるのはやりすぎだ。


「でも大丈夫だよ。解決策はちゃんとあるから」


 その時の、板井の顔に浮かんだ表情をどう表現すればいいだろう。

 暗くゆがんだ、幸せそうな顔。


「解決策って何だよ?」

「夏鈴と同じことをするの。志伊良君を誰にも奪われないように」


 強く両肩を押される感覚。

 馬鹿な俺は、ここが歩道橋の上だってことを完全に失念していた。


「先にあの世で待っててね。私もすぐに行くから」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る