第26話


「その番号の相手と、板井さんが同一人物かどうかだけでも、ハッキリさせるべきだと思います」


 そう強く甘神に押し切られて、俺は脅迫相手にメッセを送ることにした。甘神に教えてもらったインスタのリンクを張り付けて、「これ、お前だろ?」と試しに挑発してみる。相手の反応次第で、色々なことが分かるはずだ。


「……返事がないですね」


 それどころか、脅迫じみたメッセもぴたりと止まった。


「あ、インスタのアカウントが削除されたみたいです」


 混乱する頭を整理するために、大きく息を吐く。


「メッセの送り主は板井さんで間違いないですね」

「……だな」


 本人でなければ、わざわざアカウントを削除する必要はない。

 しかもこのタイミングで。


「これからどうしますか?」

「どうもしないよ」


 会いに行ったところでまた逃げられるのがオチだろう。


「今頃はパニくってるだろうし、これ以上は追いつめたくない」

「……御伽さんは、女の子にも優しいんですね」


 不満げな声を出しつつも、甘神は反対しなかった。


「でも、メッセは削除しないでくださいね」

「なんで?」


 甘神はにっこり微笑むと、可愛らしく小首を傾げて言った。


「いざという時、武器として使えますから」


 ちなみに甘神は既に、インスタにあげられたプロフィールや画像全てをスクショして保存しているそうだ。その中には、画像の人物が板井王冠姫と同一人物であるという証拠写真まで収められているという。


 甘神を怒らせると怖いと、身をもって知った一日だった。



 …………



 その週の休み、待ち合わせ場所へ行くと、


「御伽さん、こっちですよ」


 白いフリルのついたミニのワンピースに真っ赤なエナメルの靴を履いた甘神がいた。珍しくメイクもしていて、長い髪の毛を綺麗に結い上げ、白いリボンの髪飾りまでつけている。ただでさえ目を見張るような美少女なのに、今日は一段と神がかって見えた。


「……今日って、何かあったっけ?」

「いいえ、何も」

「これからタスク(草士)の見舞いに行くんだよな?」

「ええ、もちろん」

「……でも甘神、なんかいつもと雰囲気が違うような……」


 以前、私服で会った時は丈の長いワンピースを着ていて、お嬢様然とした恰好をしていたが、


「そうですか? 私は普段からこんな感じですけど」


 そうなのか?

 ワンピースの後ろから取り忘れた値札がはみ出ているが、ここは気づかないふりをしておこう。


「えっと、なんか、ごめん。俺、こんなジャージ姿で」

「かまいませんよ。ところで……どう思いますか?」


 ごほんおほんと咳払いする甘神に、「は?」と聞き返す。


「私を見て、どう思いますか?」


 意見を求められていることに気づいて、あらためて彼女の服装をじっと見る。

 くるりとその場で一回転されて、短いスカートの丈から下着が見えないか、ハラハラした。


「もうちょい、スカートは長めでもいいと思う」

「……他に言うことはないんですか?」

「今日は階段を使わないで、エレベーターに乗ろう」


 もうっ、と怒ったように頬を膨らませる甘神を連れて、歩き出す。


「これじゃあ、私が馬鹿みたいじゃないですか」

「なんで?」

「御伽さん、あなた、本当に私のことが好きなんですか?」


 あらためて訊かれると妙に照れてしまい、


「そうですけど、何か?」


 つい茶化すような答え方をしてしまう。


「だったらこっちを見て言ってください。好きだって」

「嫌だ」

「ど、どうして?」


 あからさまにうろたえる甘神に、「恥ずかしいから」と正直に答える。


「人の目があるところじゃ無理」

「……御伽さんって、難しい人なんですね」


 重いため息を吐く甘神に、


「今、俺のこと面倒くさい奴だと思っただろ?」


 照れ隠しのように訊ねれば、彼女は微笑んで頷く。


「でも私、そういうの嫌いじゃありませんよ」


 それを聞いて、良かったと内心ほっとした。


「二人きりの時なら、言えるから」

「私は人前でも言えますよ。御伽さんのこと大好きだって」



 それはそれで嬉しい。

 ガチで照れる俺を見て、甘神はふふふと笑う。


 その時だった。


「ふざけんなっ」


 突然、こちらに向かって物が飛んできた。

 咄嗟の判断で、甘神を庇うようにして立った俺の胸元にそれはぶつかる。


 痛みはなかったが、ぐしゃっと何かが割れる嫌な音がした。


 ――これ、卵だ。


 悪臭を放つ生卵。


「道路の真ん中でいちゃついてんじゃねぇっ。死ねよっ」


 聞き覚えのある声と台詞。

 ハッとして顔を向ければ、塩沢によく似た後ろ姿の女子が走り去るところだった。


「甘神は先に病院へ行っててくれ。あとで追いつくから」


 くれぐれも慎也には会わないよう用心して欲しいと補足しつつ、俺はすぐさま彼女を追いかけた。


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