第25話




「御伽さん、悩みがあるのなら私に話してください」


 面会時間が終わり、慎也と鉢合わせしないよう二人でこそこそと病室を出た後、甘神は痺れを切らしたように口を開いた。


 びっくりして彼女を見れば、頬を膨らませてすねたような顔をしている。


「悩みなんてないよ」

「嘘、今日はずっと心ここにあらずって顔をしています」


 どうやら見抜かれていたらしい。


「話してくれるまで、ここから一歩も通しませんよ」


 俺の前に立ち、両腕を伸ばして通せんぼするので、「小学生か」とツッコミを入れつつ、その姿が可愛らしくてほっこりする。脅迫メッセのことを甘神に話すべきか悩んだものの、


 ――タスクだけの問題じゃないしな。


 と思い直して、重い口を開いた。



「実は……」


 タスクのスマホを覗き見ながら、甘神は深刻な表情を浮かべていた。


「……ひどい内容ですね」

「怖いだろ」

「相手はどなたですか?」

「甘神は知らないと思うよ」


 板井の名前を教えると、


「珍しいお名前ですね。もしかして、板井医院の……」

「知ってるの?」

「同一人物かは分かりませんが、私の周りにも、彼女のことを知っている人がいるかもしれません」


 そう言って、自身のスマホを取り出して操作する。


「やっぱり同一人物でした。彼女、インスタをやっているみたいです」


 恐るべし、女子の情報網。

 しかし甘神のスマホを覗き見て、俺は首を傾げる。

 

「これ、俺の知ってる板井じゃないと思う」

「いいえ、この方です。御伽さんと同じ高校の制服を着ていますから」

「けど、このインスタの子、金髪だろ?」


 さすがに実名は出しておらず、顔出しもしていないが、おしゃれな店で外食したり、ギャル系のショップで服を購入したりと、充実した私生活をネット上に晒している。見たところ、友人が多くて、派手でリッチな女子高生という印象を受けるが。


「板井は文学女子って感じで、見た目も大人しい感じだし」

「画像を加工しているか、金髪のカツラをかぶって印象を変えているのかもしれません。女性の見た目なんて、メイクと服装でどうとでもなりますから」

「ふーん、だから可愛く見えるのか」


 ふいに甘神が黙り込んだ。

 ハッとして彼女の顔を見ると、なぜか怒ったように俺を見上げている。


「もしかして御伽さん、この方のこと、お好きなんですか?」

「……なんでそうなるんだ?」

「今、可愛いって言ったじゃないですか」


 浮気を責めるような声を出されてギクッとする。


「服装や雰囲気が女の子らしいなと思っただけで、深い意味はないよ」


 すると甘神はショックを受けたようによろけると、


「……こういう女性が好みだなんて知りませんでした」

「ご、誤解だって。女子だってよく使う言葉だろ」

「女性と男性とでは使い方が異なります。こめられる意味合いも」


 断言しつつ、甘神は自身の艶やかな黒髪やスカート丈の長い制服を見下ろすと、


「分かりました。私も明日から金髪に染めて、スカートの丈を短くしてきます」


 やめてくれっ、と俺は必死になって叫ぶ。


「甘神はそのままでいいからっ」


 そのままで十分可愛いからとはっきり伝えればいいものを、羞恥心が邪魔をして、さすがにそこまでは言えない。意識していない相手には簡単に言えるのに。すると何を勘違いしたのか、甘神は目にぶわっと涙を溜めると、


「わ、私だって、おしゃれすればそれなりに可愛くなるんですよっ」


 素のままでも美少女だという自覚がないのか、甘神もまた、必死になって言い返してくる。


「メイクは苦手ですけど……やり方もよく分からないし……でも、でも、おじい様もおばあ様も、昔から私のこと、可愛いって言ってくれるし……もしかしたら身内の欲目――馬子にも衣裳レベルかもしれませんが……私だって、努力をすれば――」


「甘神、この件は今度じっくり話し合うことにして、話を戻そうか」



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