第23話



 早速スマホの中身を見たところ、甘神とのやりとりや部活に関する連絡事項がメインだった。



 部活仲間とはよくつるんでいたようだが、部活を辞めてからはこまめに連絡を取り合うような親しい友人もいなかったようだ。というより、何人かブロックしている。喧嘩でもしたのだろうか。



 細かく見ていくうちに、ネットの検索履歴に「ストーカー」や「撃退法」といった単語を見つけて、やはり塩沢の件で悩んでいたのだと納得する。続いてタスクの番号宛てに送られてきたメッセージを見、俺は凍り付いた。


 ――なんだよ、これ。



 そのほとんどが「甘神連珠と別れろ」といった内容で、彼女がいかに偽善者で計算高い女か、でたらめな情報が長々と書かれていた。その上、別れたら別れたで、「元カノに会うな」だの「病院でいちゃつくな」だのと、常にタスクの行動を監視、把握しつつ、まるで彼氏の浮気を責めるような内容に変わり、いつも最後は「私を捨てたら許さない」「誰かに奪われるくらいなら、あんたを殺して私も死でんやる」といった脅迫まがいな言葉で締めくくられている。



 ――この女、間違いなくサイコだ。



 一瞬、塩沢の顔が頭に浮かんだが、残念ながら証拠がない。

 試しに相手の番号に非通知で電話をかけてみたが、一向に出ない。


 ――つい最近までメッセが送られてきたってことは、まだタスクのこと、諦めてないってことだよな。


 タスクが部活を辞めたのも、もしかしてこれが原因なのだろうか。


 ――あえてブロックしなかったのは、相手を突き止めようとしたからか?


 とりあえず少しでも情報を集めようと、胆沢に頼んでこっそり人気のない場所に目黒を呼び出してもらった。

 サイコ女に常に監視されていると思うと、教室で堂々と目黒に話しかけるのは気が引けた。

 


「話って何?」



 目黒は迷惑そうな顔をしつつ、やって来た。


「志伊良と二人で会ってるとこ、誰かに見られたら困るんだけど」

「このケータイ番号、知ってるか?」


 彼女は目を細めてそれを眺めると、


「知らない。私のケータイにも登録されていないと思う」

「……だよなぁ」


 露骨にがっかりする俺を見、


「もしかして困ってる?」

「めちゃ困ってる。俺、この女に殺されるかもしれない」


 送られてきたメッセの内容を見せると、目黒は「あちゃ~」と気の毒そうな顔をした。


「ってか、私を巻き込まないでよ。地味に怖いんだけど」

「借りはあとで返すから、協力してくれよ」

「協力たって、何すりゃいいのよ」

「こいつ、同じ学校の生徒かもしれないんだ。俺の行動にやけに詳しいからさ。もしかして塩沢かな?」


 目黒はため息をつくと、しぶしぶ自分のスマホを取り出した。

 俯いて操作しつつ、


「夏鈴じゃないと思う。スマホを二台持ってるっていうんなら、話は別だけど」


 それからおもむろに顔を上げると、


「今、知り合い全員にメッセ送っといたから。何か分かったら知らせるよ」

「助かる」


 連絡先を交換して、とりあえず目黒と別れた。


 後日、目黒から電話がかかってきて、 


『誰か分かった。志伊良の言う通り、うちの学校の生徒だったよ』

「マジ? 誰だよ」

板井いたいさん。板井王冠姫てぃあら、覚えてない?』


 王冠姫と書いてティアラと呼ぶ。

 そんな派手なキラキラネーム、一度聞いたら忘れないと思うが。


「知らない」

『うそ、志伊良は一年の時、同じクラスだったでしょ』

「……そういえばそうだった」


 咄嗟に誤魔化すが、目黒は特に気にした様子もなく、


『板井さん、大人しくてあまり喋らない子だから、覚えてないのも無理ないかもね』


 嘘だろ、と今度は俺が叫ぶ番だった。


「大人しい奴が、あんなメッセを送りつけてくるか?」



『私もそこが分からないんだよ。私の知ってる板井さんは、感じが良くて目立たない人だから。本人もそれを意識して行動してるっぽいんだよね。夏鈴ならやりかねないけど、あの板井さんが? って感じで……』



 理解に苦しむ、というような目黒の声に、俺も首を傾げる。



「板井と塩沢って接点ある?」

『同じ中学出身で、一年の時も同じクラスだった……って志伊良も同じクラスだったでしょ』


 なるほど、と探偵にでもなったつもりで俺は腕組みする。


「つまり塩沢が板井を脅して、タスクにメールを送らせたと……」

『ちょっと、勝手に話を作らないでよ』


 苦笑しつつも、『そういえば』と目黒は思い出したような声を出す。


『板井さん、よく夏鈴に話しかけてたんだよね、自分から。夏鈴は彼女のこと、雑に扱ってたけど』

「二人の関係は?」

『さあ? 本人に訊いてみれば?』

「……マジで言ってる?」

『怖い声出さないでよ。冗談だって』



 冗談でも今は笑えない。



「目黒、タスクの立場にもなってくれよ。本気で困ってるんだ」


 目黒はふうっとため息を吐くと、


『分かった。夏鈴にそれとなく探り入れてみる』

 

 さすが目黒。

 話が分かる女だ。


『言っとくけど、この貸しはでかいからね』


 募金箱に有り金全部つぎ込んでしまったことを後悔しつつ、俺は通話を切った。

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