第22話


 それから数日が経った頃、


『もしもし、御伽さんですか?』


 甘神から緊急の連絡がきた。

 すぐに病院に来てほしいと言われて、


「甘神、まさかまた俺(草士)の病室にいるのか? あれほど近づくなって言ったのに。慎也には会っていないよな?」

『お説教はあとでいくらでも聞きますから。早く来てください』


 慌ただしく通話を切られてしまい、家を飛び出した俺はすぐさま自転車に飛び乗った。


 病室に入ると幸い慎也の姿はなく、興奮気味の甘神が俺を手招きしていた。

 彼女は俺がいないあいだも昏睡状態の草士(タスク)に両親の音声を聞かせていたらしく、


「少し前まで志伊良さんのお父様がいらしていたんですが、見てください」


 彼女に言われて眠っているタスクに目を向けると、


「……………………う、うう」


 初めて草士タスクに変化が生じていた。

 わずかに身じろぎし、声を発している。


 ――でもどうして……?


「私、思い出したんです。志伊良さんはいつも私にお父様の自慢話をしていました」


 そういえば、タスク母も言っていたな。『食べ物の好みも変わっちゃうしっ、あんなに好きだったパパと出かけようともしない』とかなんとか。


「だったら父親の声に反応したのか」


 俺と甘神が息を飲んで見守る中、草士(タスク)は再び声を発した。


「……う、う」


 かすれていて力がないが、間違いなく俺(草士)の声だ。

 目もともけいれんしたように動いている。


 今まさに、昏睡状態から目覚めようとしている彼に向かって、俺はたまらず呼びかけた。



「タスクっ、起きろっ。タスクっ」

「お、御伽さん、落ち着いてください」

「こっちを見るんだ。俺が分かるかっ」

「目を開けて今の御伽さんの姿を見たら、余計に混乱してしまいますよ」

「……それもそうか」

「私、先生を呼んできますね」


 ナースコールを押せばいいものを、甘神も慌てているらしく、勢いよく病室から飛び出していく。


 室内は俺とタスクの二人きりになってしまった。

 しんっと静まり返った空気の中で、互いの息遣いがやけに大きく聞こえた。


「…………けてくれ」


 しばらくして聞こえたのはうなり声ではなく、囁くようなか細い声。

 草士(タスク)の目は相変わらず閉じられたままだが、何か言っているようだ。


「どうしたんだ、今なんて言った?」

「……けて、くれ」


 繰り返し何かを訴えているようなので、慌てて耳を寄せる。


「よく聞こえない。大きな声でもっとハッキリ――」

「たす、けてくれ……助けてくれ、御伽」


 俺の声に覆いかぶせるように言い放つと、タスクは再び沈黙した。

 その後、何度呼びかけても無反応で、駆け付けた看護師は俺たちのいたずらだと思ったらしく、


「面会時間は終わりですよ。さあ、早くお帰りください」


 冷たい態度でさっさと俺たちを病室から追い出してしまった。


 …………


 とぼとぼと帰る道すがら、


「そんなに落ち込まないでください、御伽さん。声が聞けただけでも良かったじゃないですか」

「……だよな」


 しかし目覚めるのでないかと期待した分、落胆も大きい。


「やり方は間違っていないと分かったんですから、確実に前進していますよ」


 懸命に俺を励ましてくれる甘神には申し訳ないが、タスクの言葉が妙に引っかかって、つい上の空になってしまう。


 ――助けてくれって……何のことだよ。


 階段から突き落とされたことを言っているのだろうか。

 塩沢の件なら既に解決したはずだ。


 ――教えてやれば良かったかな。


 そうすれば俺も、元の身体に戻れたかもしれないのに。


 なぜタスクの身体と入れ替わったのか、ずっと疑問に思っていたが、今まさにその答えが分かった気がした。塩沢に階段から突き落とされて、命の危険を感じたまさにその時、あいつは俺に助けを求めたのだ。両親や友人でもなく、この俺に。



 ――そいうとこ、ガキの頃と全然変わってないよな。



 両親に溺愛されて育ったせいか、慎也の言う通り、タスクは多少ずる賢いところがあって、誰かにいじめられたり、面倒ごとが起きると、いつも俺に泣きついてきた。当時の俺は子分に泣きつかれた親分の気持ちで、得意げになっていじめっ子らに報復したり、宿題を手伝ってやったりしていた。



 しかし、単に面倒ごとを押し付けられていただけだとあとになって気づいた。



 ――子分はあいつじゃなくて俺のほうか。



 都合よく使われているという自覚はあったが、友達だから、幼馴染だからとこれまで目を瞑ってきた。しかし今は……どうだろう。タスクは苦しげな声で俺に助けを求めていた。あれが演技だとはとても思えない。そもそも演技ができるような状態か?



 ――気が進まないが……やるか。



 他人の個人情報を盗み見るのは気が引けるが、仕方がない。

 俺はあらためてタスクのスマホを手に取り、画面を見つめた。



 問題はロックの解除方法だが、



「パスワードを忘れた? ママが知るわけないでしょう」



 ……ですよねぇ。



「うそ、本当は覗き見してたから知ってる。ほら、タスクの好きなサッカー選手の名前よ」



 本当だ。解除できた。

 また盗み見られると困るので、いそいで部屋に戻った。

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