第16話
「ねぇ、君。いいルックスしてるねぇ。芸能界に興味ない?」
「ありません。俺、将来はホストになってがっぽり稼ぐつもりなんで」
タスクと入れ替わってひと月は経っただろうか。
そろそろこの手の勧誘にも慣れてきた。
芸能界デビューに興味がないと言えば嘘になるが、これ以上タスクが有名になるのは面白くない。たとえ中身が俺でも可愛いアイドルやモデルにちやほやされるタスクの姿を想像するだけで腹が立つ。
――なんとしてでも阻止してやる。
というわけで、自称芸能界スカウトマンを片っ端から追い払ってやった。
しかし中にはしつこい奴もいて、
「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン」
とアジア系外国人のふりをして片言でを追っ払っていると、
「……御伽さん」
甘神が呆気にとられた様子で俺を見ていて、びくっとする。
「なんだ、いるなら声かけてくれればいいのに」
「今時の外国人観光客の方はそんな話し方しませんよ」
そういえば甘神は帰国子女だった。
「あのー、もしかして怒ってる? けど別に観光客を馬鹿にしているわけじゃ……」
「御伽さんの夢が、将来ホストになってがっぽり稼ぐことだったなんて知りませんでした」
「そ、それも冗談だって」
頼むから真に受けないで欲しい。
甘神は根が真面目なので、ユーモアのセンスを発揮する時は注意が必要だ。
「それよりも、お待たせしてしまってごめんなさい」
「いやいや、俺も今来たところだから」
なんかデートっぽいやりとりだ。
いや、これは紛れもなくデートなのだと自分に言い聞かせる。
ただしこの身体はタスクのものなので、彼女に触れることは断じてできないが。
初デートに興奮して、昨日はよく眠れなかった。
「じゃあ、行こうか」
園内に入る前から強い動物臭が漂ってきたものの、
「ほら、平気だろ?」
と、どや顔で隣を歩く甘神を見れば、
「それは御伽さんになりきっているからでは? 強い自己暗示にかかっているように思えます」
ドラマに出てくる精神科医のような口調で断定されてしまい、「はぁ」とため息がこぼれる。
「甘神って疑り深いよなぁ」
「……何か言いましたか?」
「いや、別に」
今回もまた失敗に終わりそうだが、とりあえずこの状況を楽しまないと損だと思い、俺は一つ一つ丁寧に動物を見て回った。キリンが病気で見られなかったことは残念だが、ヤギや像に餌を与えるイベントには参加できた。
間近でトラやライオンも見れた。
さらにパンダを見て大興奮する俺とは対照的に、
「美しい動物たちをこんな狭い檻に閉じ込めて、見世物にするなんて……」
と甘神は激怒していた。
「知っていますか、御伽さん。野生の像は六〇年から七〇年も生きるのに、動物園の像の寿命は短くて、二十年ももたずに死んでしまうんですよ」
イルカやホッキョクグマも飼育下での寿命がとても短いのだと、甘神は怒りながら俺に講義してくる。
本気で悲しみと怒りをあらわにする甘神を見下ろしつつ、もう二度と彼女を動物園には連れてくるまいと俺は固く決意した。この様子だと、水族館やペットショップもNGだろう。
「なんか……ごめん」
彼女を出口のほうへ誘導しつつ、俺は申し訳ない気持ちでうなだれていた。
「俺ばっか楽しんで。甘神はこういうとこ、ダメだったんだな」
「……いえ、私のほうこそ、つい熱くなってしまって、ごめんなさい」
互いに謝罪を繰り返しつつ、近くのベンチに座って一息つく。
「何か飲む? 喋りまくって喉乾いてるだろ?」
「だったら私に奢らせてください。入場料は御伽さんに払っていただいたので」
「志伊良の財布だから気にしなくていいって」
「それはそれで問題では……」
立ち上がりかけた甘神は、ふと何かに気づいて、
「私、今日ずっと志伊良さんのこと、御伽さんって呼んでいますね」
苦笑いを浮かべる甘神の隙をついて、俺は自販機でジュースを買った。
彼女には甘いココアを渡し、俺は……
「御伽さん、それは何ですか?」
「おでんのだし汁入りジュース。俺、変わり種好きだからさ」
甘神は呆れたように笑うと、
「志伊良さんだったら絶対に飲まないと思います」
「あいつはどこ行ってもエナドリ派だから」
「……そうですね」
俺は一気に缶ジュースを飲み干すと、
「それで、俺が御伽だってわかってくれた?」
さりげなく切り出すが、彼女は困惑した様子で、
「わかりません……わからないんです。ただ、貴方がいつもの志伊良さんではないということは、はっきりしているのですが」
この時、俺は悟った。
俺が何を言っても、何をしても、余計に甘神を混乱させるだけだと。
この状況を理解できるのは入れ替わった当事者だけで、第三者が理解することはとても難しいのだと。
タスクの両親も、息子の言動や態度がいつもと違っていることには気づいているようだが、「記憶喪失だから」「思春期だから」「成長期だから」「彼女ができたから」「反抗期だから」「部活をやめたから」などなど、彼らなりに理由付けして、無理やり自分たちを納得させているようだった。
――少なくとも甘神は、逃げずに俺と向き合ってくれている。
「今はそれで十分だよ」
甘神はホッとしたように頷くと、ちびちびとココアを飲み始めた。
「言うのを忘れていましたが、私、実は甘い飲み物は苦手で……」
「え? そうなんだ。悪い。次から気を付ける」
「……ところで、おでんの出汁入りジュースはおいしかったですか?」
「うん、うまかった。甘神も同じものにすればよかったな」
「はい、次からは私も御伽さんと同じものを飲みます」
答えつつ、なぜか急に甘神はぽろぽろと泣き出してしまった。
「どうしたんだ、急に」
「病室で眠っている御伽さんを思い出したら、急に胸が苦しくなって……驚かせてしまって、ごめんなさい」
タスクと入れ替わっていることを甘神に打ち明けたのは、事情を説明して彼女の罪悪感を少しでも軽くしたかったからだが、なかなかうまくいかないようだと、もどかしく感じる。俺自身、女に振られたから自殺したなんてかっこ悪いレッテルを貼られるのもごめんだ。
一方で、
「ありがとな、甘神。俺なんかのために泣いてくれて……悲しんでくれて」
すると彼女は不思議そうに俺を見上げると、
「御伽さん、最近、ご自分のお見舞いに行っていないでしょう?」
「……ちょっと色々忙しくてさ」
塩沢を甘神に近づけたくなくて、あえて病院には行かないようにしていたのだが、
「だったら久しぶりに行ってみませんか?」
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