第15話
その日を境に、これまで
「先日の彼女……塩沢さんとはどういうご関係ですか?」
家の前で待ち伏せしていた甘神に問い詰められ窮地に……以下略。
「あ、塩沢のことはもう終わったんで……」
「終わった? それは彼女のことを弄んで捨てたという意味ですか?」
――なぜにそうなる?
「じゃなくて……そういえば、どうして塩沢の名前、知ってるんだ?」
「ご本人から伺いました。『あたしの名前は塩沢夏鈴、あんたからタスクをNRTする女よ』と。NRTとはどういう意味でしょう? 成田空港のことですか?」
おそらく塩沢は「NTR」と言いたかったのだろうが……。
ってか色々と使い方を間違えている。
ツッこむと深みにはまりそうなので、今はやめておこう。
「……タスクと塩沢のこと、気になる?」
「気になるのは今の貴方との関係です」
そうきたか、と俺はついニヤニヤしてしまう。
「関係ないよ。塩沢の狙いはタスクで、俺(草士)じゃない」
「けれど今は貴方が志伊良さんでしょう?」
「タスクのふりをしているだけだ。塩沢は気づきもしなかったけど」
「貴方が本物の志伊良さんではないと?」
「そう。中身は偽物だって、今んとこ誰にも……」
そういえば目黒には見抜かれていたな。
話し方や歩き方が俺(草士)っぽいって。
そのことを口にすると、
「でしたら、その方はずっと、御伽さんのことを注意深く見ていらしたのですね」
「なんのために?」
「知りません。その方に訊いてください」
甘神は怒ったように頬を膨らませて、つんっと顔をそらす。
「あのー、なんか怒ってる?」
「怒ってません」
「いやいやいや、怒ってるよね?」
「気にしないでください。ただのヤキモチですから」
「ヤキモチ焼かれるほど、俺モテないよ?」
甘神はため息をつくと、俺を見て笑う。
「御伽さんは、ご自分で思っている以上に、周りの方々に好かれていると思います」
「……だといいけど」
つい、子煩悩で優しいタスクの両親と冷たい自分の親を比較してしまい、自己嫌悪に陥る。
「志伊良さんだって、御伽さんのことをけして嫌ってはいなかったと思います。むしろ意識しているような感じでしたし」
――意識って……ライバル視みたいな?
冗談だろと俺は笑うが、甘神の顔は真剣そのもので、
「まあ、中学まではなんやかんやでつるんでたし」
その頃は俺のほうがガタイが良くて背も高かったから、どこへ行くにも奴は俺の後ろをついてきて、俺を盾代わりにしていた。
「弟とも仲良かったんだ。俺がいない時は二人でよくサッカーしてた」
「……何かあったんですか?」
「別に。中三になってクラスが分かれて、お互い塾に通い始めたから遊ぶ時間が減ったってだけの話」
甘神はじっと俺を見つめると、
「本当に?」
俺は乱暴に頭を掻くと、
「タスクって、綺麗な顔してるだろ? それでよく周りの奴らに「おかまちゃん」なんて呼ばれてからかわれてたんだけどさ、そのたびに俺がキレて、馬鹿にした奴らに頭突き食らわせてたんだ。けどタスクは、それが気に入らなかったみたいでさ。ある日、言われたんだ」
当時のやりとりは今でもはっきり覚えている。
『余計なことするな。僕をダシにしてヒーロー気取りかよ」
『なんだよ、その言い方。せっかくかばってやったのに」
『大きなお世話なんだよ。お前のせいで、僕はいつもみじめな気持ちになるんだ』
『だったらやり返せよ。ちょっといじられたくらいでブルブル震えやがって、見てるこっちがイラつくんだよ』
『震えてなんかいないっ』
『震えてるだろ。お前はしょせんおぼっちゃんなんだ。ママのおっぱいでもしゃぶってな』
『なんだとっ』
怒ったタスクは顔を真っ赤にして拳を振り上げたものの、
『おう、殴りたきゃ殴れよ。その代わり三倍にして返すからな』
『お、お前なんか……お前なんか、殴る価値もない』
『相変わらず語彙力ねぇな、お前。それ、先週読んだ漫画の台詞じゃん」
今にして思えば、俺もかなり頭に血が上っていた。
殴り合いの喧嘩にこそならなかったが、タスクとはそれきり、つるむことも話をすることもなくなった。
しかしその翌年、同じ高校に進学したことは知っていたが、
『誰かと思ったら御伽じゃん。お前、そんなに小さかったっけ?』
急激な成長を遂げた奴は、両サイドに可愛い女子を侍らせつつ、高い位置から俺を見下ろしていた。
『タスクぅ、この人、誰?』
『俺の幼馴染。御伽、この子は友達の由香、こっちは美亜で……』
『由香ですぅ。よろしく』
『美亜です』
『……え、あ、うん』
『可愛い、照れてる』
『顔はまあまぁだよねぇ』
『…………』
『御伽は女子とまともに喋ることができない可哀相な奴なんだ。サービスしてやって』
『えー、やだぁ』
『勘違いされたら困るもんねぇ』
この瞬間、俺とタスクとの友情は完全に終わった。
少なくとも俺はそう感じた。
「今でもわかんねぇよ。なんでタスクがあんなに怒ったのか」
すると甘神は、「私にはわかります。志伊良さんの気持ち」とぽつりとつぶやく。
「志伊良さんは、御伽さんと対等の関係でいたかったのだと思います。友達だからこそ、一方的に守られたくなかった……信用して欲しかったのだと思います。自分も戦えるのだと……」
思わず黙り込む俺に、
「貴方は本当に御伽さんですか?」
甘神はあらたまった口調で問う。
「そうだよ。何度もそう言ってる」
「でも、今の話を聞いて、思ったんです。志伊良さんは、記憶を失ったせいでご自分のことをを御伽さんだと思い込んでいるんじゃないかって」
そんなこと考えもしなかった。
同一化現象――目黒の言葉を思い出す。
「今はライバルだと思っていても、子どもの頃の志伊良さんは、御伽さんに憧れていたのではないでしょうか? 自分にないものを御伽さんは持っているから――御伽さんのようになりたいと密かに願っていたのかもしれません」
なんてことだ。
どうやらまだタスクへのゲイ疑惑が晴れていないらしい。
ここまでくると、もはや疑いではなく甘神の願望に思えてくる。
――けど、俺の言っていることのほうが非現実的だもんな。
と思い直し、
「まだ疑ってるんだ。俺が演技してるって」
気まずそうに目をそらす甘神の沈黙が答えだった。
しかし彼女の言い分も理解できなくはない。
「タスクはさぁ、猫アレルギーっていうのもあるけど、単純に動物が苦手なんだ。ガキの頃、近所の犬に追いかけられたことがあって、トラウマになったらしくてさ、おかげで猫どころか、ウサギもハムスターもダメ。触るのも、匂いを嗅ぐのも。動物園行って、吐いたこともあるくらいだ」
「……そういえば、ペットショップにも入れないと言っていました」
ハッと息を飲む甘神に、「だから行こうよ、動物園」とさりげなく誘いを入れる。
「そこなら、俺の話が嘘じゃないって、わかるから」
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