第7話
「ねータスク、駅まで一緒に帰ろう」
「無理。俺、今日は寄るとこあるから」
帰りのHRが終わると同時に駆け寄ってきた塩沢を振り切って、俺は自転車置き場に直行した。学校から病院へは結構距離があるが、タスクの体力なら問題ないだろう。予想通り、息切れもせずに病院にたどり着いた。
病室に入ると、相変わらず
瞬く間に面会時間が終わり、病室を追い出された俺は途方に暮れていた。
――もしかして俺、このまま一生タスクとして生きることになるのか。
いいや、戻る方法は必ずあるはずだ。
例えばもう一度、階段から落ちてみるとか……打ちどころが悪いと死ぬので却下。
外へ出て、自販機前にあるベンチに座って頭を抱えていると、
「……志伊良さん」
聞き覚えのある声にはっとして顔を上げる。
そこには、泣き腫らしたような目をした甘神がいて、ドキッとした。
「甘神がどうしてここに……?」
俺の質問を無視して、甘神は口を開く。
「志伊良さんは知っていたのですね」
「えっと……なんの話?」
「とぼけないでください。御伽さんが事故に遭って入院していると、志伊良さんは知っていたのでしょう? だから私にあんなことを……本当にひどい人」
どうやら責められてるらしい。
でも今の俺タスクには関係なくない?
「確かに御伽とは同じクラスだけど、仲良いってわけでもないし」
「嘘、だったらどうして彼の病室にいたんですか? ずっと彼の手を握っていましたよね?」
まさか見られていたとは思わず、慌ててしまう。
「それは……」
「志伊良さんがどうして私に交際を申し込んだのか、今分かりました。まさか私たちの仲を裂こうとしていたなんて……」
頼むからおかしな誤解だけはしないでくれよと願うものの、
「志伊良さん、貴方、御伽草士さんのことが好きなんですね。彼と結婚したいと思っているのでしょう?」
既に手遅れだった。
そういえば甘神、「今夜は何を食べる?」ってドラマ大好きだったよな。
同棲中の男同士のカップルが毎晩おいしい料理を作るグルメドラマ……DVD全巻持ってた気がする。
「だから恋敵である私を好きなふりをして、御伽さんから遠ざけようとした」
「……恋敵?」
まさか、と信じられない気持ちで甘神の顔を見る。
ここでようやく話が見えてきた。
志伊良を責める理由も。
「もしかして、甘神の好きな人って……」
「御伽さんですよ。以前もお話ししたと思いますが」
俺のぽかんとした顔を見、「覚えていないんですね」とため息をつく。
「今は後悔しています。お試しとはいえ、貴方と付き合ったこと。告白する勇気がなくて、ずっと片思いだと思っていましたから」
「俺……御伽のどこが良かったの?」
嬉しさのあまり思わず訊いてしまった。
彼女は泣き笑いのような表情を浮かべると、
「私がボランティアをしている保護猫カフェは、捨て猫や野良猫だけじゃなくて、事故に遭った子や虐待に遭って怪我をした子もお預かりしているんです。ですから普通の猫カフェと違って、触られたり構われたりするのを嫌がる猫ちゃんもいます。中にはお客様に威嚇したり、噛みつく子もいて……御伽さんは、そういった猫ちゃんの相手をするのがすごくお上手なんですよ」
甘神は何かを思い出すように目を細めると、涙まじりの声で続けた。
「噛みつかれても、猫パンチされても、御伽さんは楽しそうで……本当に猫ちゃんが好きなんだなぁって、見てて分かります。それにいつも最後は仲良しになっているんですよ。普段は人間不信でスタッフさん以外には懐かない子が、御伽さんが来ると嬉しそうにスリスリして……」
途中で言葉に詰まってしまったように、甘神は俯いてしまう。
「どうしてあんな良い人が、こんなひどい目に遭わなければならないのでしょう」
顔を真っ赤にして泣きじゃくる甘神の姿を、俺は久しぶりに見た。
川で助けた野良猫が死んだ時も、こんな風に泣いていたっけ。
――ひどい奴だな、俺は。
好きな女の子を泣かせておいて、嬉しいと思うなんて。
「御伽さん、助かりますよね?」
助かると言って欲しいんだろうけど。
今は何を言っても無責任な気がして、黙って自販機の前に立つ。
「喉乾かないか? 奢るよ」
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