第6話


 好きな女子から二度も振られた。

 悔しさを通り越して、いっそ清々しい気分だ。


 何かの本にも書いてあったじゃないか。

 それとも歌の歌詞だったか? まあ、どっちでもいいや。


 人を本当に愛するということは、相手を独占することではなくて、相手の幸福を願うことだと。


 俺はまさにそれを実践したわけだ。

 きっとそのうち、良いことが起こるだろう。


 ――そんなことより、早く自分の身体に戻らないとな。


 翌朝、今日こそは帰りに病院へ行こうと思いつつ、教室に入ると、



「おはよータスク、彼女と別れたって本当?」

「付き合ってまだ二か月も経ってないじゃん」

「フるの早すぎでしょ? ウケるんだけど」


 誰だ、勝手に個人情報を流した奴は。しかも内容が微妙に間違っている。だがここで「フられたのはタスクで~す」なんて訂正しようものなら、甘神への風当たりが強くなるのは必至。ここは穏便に、男らしく口を噤むことにしよう。


 昨日と同じく、無言で机の上に突っ伏すと、


「うわっ、ガン無視」

「やっぱりタスク、おかしいよね」

「まだ体調良くないんじゃない?」

「でも今朝、自転車で来てたよ」

「珍しい~」

「今度写メ撮ろ」


 盗撮行為は犯罪です。


 明日からそんな内容のプラカードを首から下げて歩こうかなと考えていると、


「タスク、ちょっといい? 話があるんだけど」


 妙に鼻にかかった、甘ったるい声。

 この声を無視することはさすがの俺でもできなかった。


 のろのろと顔を上げれば、案の定、クラスで一番可愛いと評判の女子、塩沢夏鈴しおさわかりんがいて、ギクッとした。可愛いといっても、清楚系の甘神とは対照的なギャル系で、草士にとっては苦手なタイプ。放課後、タスクと彼女がキスしていた光景が脳裏を過り、居たたまれない気持ちになる。


 ――ぶっちゃっけ、塩沢とタスクの関係ってどうなんだ?


 俺の考えでは、甘神の気を引くために一時的に塩沢を利用しただけで、二股をかけていたわけではないと思うが。その辺、塩沢がどう受け止めているのか分からず、恐怖を感じる。


 ――イケメンと入れ替わったって、いいことなんもないな。


 悪いことは何一つしていないのに、なぜに他人の修羅場に巻き込まれなければならないのか。何か思いつめたような顔をする塩沢に連れられて、人気のない場所で足を止める。


「あたし、昨日は休みだったから、タスクが退院したって知らなかったんだ」

「あ、そう」


 できるだけタスクっぽく、無関心を装うが、


「あ、そうって何? あたし、タスクが死んじゃったらどうしようって、怖くて夜も眠れなかったんだよ」


 涙ながらに訴えられ、罪悪感を覚える。


「それに退院したら、真っ先にあたしのところに来るって思ってたのに……」


 どこか怯えたような顔をされて、「んん?」と首を傾げてしまう。

 なんか話が見えないな。結局、塩沢は何が言いたいんだろう。


「タスク、あたしに何か言うことはないの?」


 もしかしてキスをしたことを責められているのだろうか。

 だから甘神と別れたのなら、責任をとって自分と付き合えと?


 ――罪な男だな、お前も。


 ともあれ俺はタスクではないので、「よし、もう俺たち付き合っちゃおうか」とは言えない。

 そもそもギャルは苦手だ。


 なので俺は甘神の時と同じ対応をすることにした。


「実は俺、階段から落ちた時に頭を打ったらしいんだ。そのせいで色々と記憶が抜け落ちててさ……だから塩沢さんとの間に何があったのか、覚えていないんだよね。彼女と別れたのも、それが原因なんだけど」


 塩沢は食い入るようにタスクを見つめると、


「マジ?」

「マジだって。俺の態度がおかしいって、他の女子も言ってるだろ」

「じゃなくて、彼女と別れたって話」


 そっちか。


 やたらと目をキラキラさせる塩沢になぜか危機感を覚える。


「だったらあたし、彼女に立候補しようかな」

「いや、俺、今誰とも付き合う気ないんで」

「なんでよ~」

「記憶喪失だって言ったろ? 自分のことでいっぱいいっぱいなんだよ」


 前のめりで近づいてこられて、じりじりと後退しつつ、逃げの態勢をとる。


「なんで逃げようとするの? うちらキスした仲じゃん」

「覚えていないのでノーカンです」

「だったら、もう一度してあげる」


 そう言って上目遣いに見上げてくる塩沢の唇に自然と目がいってしまい、ごくりと唾を飲み込む。


 ギャルは苦手だが、塩沢のような可愛い女の子に迫られて、正直悪い気はしない。

 据え膳食わぬは男の恥、ぜひともご教授頂きたく……


 ――いやいやいや、これ以上、状況をややこしくしてどうする。


 悪い奴なら、いっそ開き直ってタスクに群がる女子たちに手を出しまくるんだろうが、俺は違う。

 というか、この手の経験値が低すぎて、軽くパニックを起こしかけていた。


 ――よし、逃げよう。

 

 次の瞬間、俺は塩沢に背を向けて走り出していた。


 塩沢もすぐに追ってきたが、さすがは元サッカー部員の脚力。

 あっという間に塩沢を突き放し、姿が見えなくなる。


 このやり取りで完全にHPを使い果たした俺は、授業が始まるギリギリまでトイレに隠れていた。


 



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