第5話
ほぼ誰とも話さずに一日を終えて、HRが終わると同時に教室を出る。
そのまま病院行きのバス停に向かうつもりだったが、
「――良さん……志伊良さんっ」
校門を過ぎた辺りで呼び止められて、「志伊良って誰? あ、俺か」と慌てて立ち止まる。
振り返ればそこに甘神連珠がいて、嬉しいやら悲しいやらで複雑な心境だった。
「放課後ここで待っていると、連絡したはずですが」
「……ごめん、実は今、スマホ壊れてて」
もちろん嘘だ。
単に俺がスマホにかけられたロックを解除できないだけ。
「ああ、だからここ数日、連絡がなかったのですね」
どうやら彼女は、タスクが階段から落ちて入院していたことを知らないらしい。
他校なのでそれも無理はないと思うが。
「だったら引き留めてしまってごめんなさい。何か予定があったのでしょう?」
やけに物分かりのいい彼女に首を傾げる。
これまで、俺は誰とも付き合ったことがないので分らないが、彼氏彼女って、もっと互いに甘えて、べったりしているもんだと思っていた。けれどここ数日間、彼氏からの連絡が途絶えていたというのに、甘神の態度はあっさりしたもので、正直拍子抜けしてしまう。
「別に予定なんてないけど……なんでそう思ったの?」
「足早に駅とは逆方向に向かっていらしたので」
一瞬だけ、彼女を連れて
――なんか当てつけっぽくなりそうだから、やめとこ。
考えすぎかもしれないが、彼女を傷つけるのは本意じゃない。
「大した用事じゃないから次でいいよ」
「……そうですか」
「それよりずっとここで俺を待ってたの?」
「はい。一緒に帰ろうと思って。そういう約束ですから」
そういう約束?
妙なものの言い方をするなと思いつつ、彼女と並んで歩く。
長く片思いしていた女子と一緒に帰るなんて喜ぶべきシチュエーションだが、恋敵の中に入っている今は素直に喜べない。
「……志伊良さん、今日は無口なんですね」
「そう、かな」
「そうですよ。いつもは私の反応なんて無視して一方的に喋るのに」
もろ言葉にトゲがあるなと俺は内心ビビっていた。
「もしかして、甘神、怒ってる?」
「怒っているわけじゃなくて、不思議に思っているだけです。志伊良さん、いつもと感じが違うから」
そうか、そうだよな。
彼女なんだし。気づかないほうがおかしいよな。
「実は俺、三日前に階段から落ちて、頭を打ったらしいんだ。病院の検査じゃ異常はなかったんだけど、ところどころ記憶が抜け落ちてて……だから今までの俺とはかなり違うかもしれない」
甘神は「なるほど」と納得したように俺を見上げる。
「それで私のこと、苗字で呼ぶんですね。いつもは呼び捨てにするのに」
「あ、でも、記憶が戻ったらいつもの俺に戻るかも」
いつ何時、また入れ替わりが起きないとも限らないので、念のために補足しておく。
「でしたら、私とのことはどこまで覚えていますか?」
「えっと、
彼女は呆れたようにため息をつくと、
「いいえ、違います。最初はお断りしました。私、好きな人がいるので」
びっくりして彼女を見下ろすと、「本当に覚えていないんですね」と苦笑いを返される。
「それでも構わないから試しに三ヶ月だけ付き合って欲しいと貴方が言ったんですよ。必ず振り向かせてみせるからと。あまりにもしつこかったので、私はあることを条件に、貴方の申し出を受けることにしました」
「あること?」
「私がボランティアをしているお店に五万円寄付すること。お試し期間中は、一切私に触れないこと」
どう考えても、一般の高校生には飲めない条件である。
普通なら諦める。
だからこそ甘神も、かぐや姫さながらの無理難題をふっかけたのだろう。しかしタスクはあえてその条件を飲んだ。それほどまでに甘神のことが好きだったのか。それとも単に負けず嫌いなだけか。
――たぶん後者だろうな。
それで以前、わざと甘神の前でクラスの女子といちゃついていたわけか。
彼女の気を引くために。
――悲しい奴だな、お前も。
ともあれ、今はしんみりしている場合ではない。
「だったらもう、お試し期間は終わりにしようか。だいたい俺、そんな記憶ないしさ。甘神、好きな人がいるんだろ? 俺なんかと一緒にいるより、そいつと一緒にいたほうがいいよ」
甘神の大きな目がびっくりしたように見開かれる。
「……いいんですか?」
「もちろん。ちなみに好きな人って誰なの?」
すると彼女は白い頬を赤くして俯いた。
「それも告白された時に話しました。私がボランティアをしているお店の常連さんです」
くそっ、誰なんだそいつは。
まさか年上の大学生か。
詳しく知りたい気もするが、俺のHPはとっくの昔にゼロになっている。
これ以上のダメージは受けられない。
ここは余計な詮索はせずに、あっさり別れたほうがいいだろう。
「実は先日、その人に告白されたんです。事情を説明しようとしたのですが、逃げられてしまって……誤解されていないといいけれど」
甘神が彼氏持ちだと知って告白する馬鹿が
彼女が好きになるくらいだから、きっといい男に違いない。
少なくともタスクよりはマシ――猫好きに悪い奴はいない――と自分に言い聞かせ、俺は涙を飲んで祝福する。
「ちゃんと話せば分かってもらえるよ。じゃあな、甘神」
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