第4話



 志伊良はとにかく女子にモテる。


 甘神のことがなくとも、女子にキャーキャー言われて羨ましいやら妬ましいやらで、遠目で奴を睨みつけていた俺だったが、当事者となった今、電車に乗ったことを後悔していた。


 カシャカシャと鳴り響くシャッター音。


 多少、女子からチラ見される程度なら、自意識過剰だと思って軽く受け流せるものの、思い切りガン見してくる女子、及び社会人風の女性がいて、嬉しいを通し越して恐怖を感じる。一本早い電車に乗ったので、それほど混んでもいないのに、なぜに俺の周囲だけ人口密度が高いのか。さらに言えば、少し揺れただけでここぞとばかりに身体をぶつけてくるのはやめて欲しい。当たり所が悪いとめちゃ痛い。


 ――明日から自転車で通学しよう。


 時間はかかるが、早く家を出れば通えない距離ではない。

 固く決意をして電車を降りる。


 学校まではここから歩いて十分ほどの距離だ。


「志伊良君、おはよー」

「おはよー」


 ボケっとしながら歩いていると、見知らぬ女子に挨拶される。最初は人違いだろうと思いスルーしようとしたものの、途中で――俺が知らないだけで、タスクの知り合いかもしれない。いや、でもあれ、三年の女子だ。だったら部活繋がりの知り合いか? と思い直し、「おはよう……ございます」と軽く頭を下げて返す。


「おはようござます、だって」

「可愛すぎでしょ」


 クスクスと笑われて、自分が馬鹿みたいに思えてくる。


 ――おいっ、知り合いじゃないのかよ。


 その後も絡んでくる先輩女子から逃げつつ、なんとか教室にたどり着くと、


「タスクー、来たんだっ」


 今度はクラスの女子達に包囲されてしまった。


 普段の俺なら絶対に声をかけられないような、活発なおしゃれ系女子達。距離が近いせいか、彼女達から花のような、石鹸のような、いい香りがして、嬉しいやら緊張するやらで――俺、臭くないかな? といらん心配までしてしまう。


「階段から落ちたって聞いたけど、もう大丈夫なの?」

「今日も休みだったら皆でお見舞いに行こうって話してたんだよ」

「思ったより元気そうで良かった」


 心配してくれるのは嬉しい。


 嬉しいが、彼女達が心配しているのはタスクであって、俺(草士)じゃない。

 喋りたい相手もタスクであって、俺じゃない。


 だらしなく緩んだ頬をパチッと叩いて、俺はそう自分を戒める。


 ここで下手に口を開けば、朝みたくやらかしてしまいそうで、俺は無言のまま机の上に突っ伏した。言うなれば丸くなったハリネズミのようなもの――最大限警戒心をアピールしつつの防御態勢である。


 そんな俺の態度に、彼女達はぽかんとしていた。

 最初こそは、「いつものタスクじゃない」と戸惑っていたようだが、


「タスク、疲れてるんだよ」

「だね、今朝は車じゃなかったみたいだし」

「まだ本調子じゃないのかも」

「しばらくそっとしておいてあげようよ」

「うるさくしてごめんね、タスク」

「じゃあまたね」


 イケメンというのは本当に特である。


 よほどのことがない限り周囲の好感度が下がることはないだろう。ちなみに俺(草士)とタスクは同じクラスだが、俺(草士)のことを心配する女子はいないようだ。朝のHRで担任教師が俺(草士)の話題に触れてくれたものの、クラスメイトらの反応は薄く、「ふーん、まだ意識が回復してないんだ」「可哀そう」などといった呟きが聞こえてくる程度。


 これが人気の差かと俺が敗北感を噛みしめていると、


「御伽の奴、マジで大丈夫か?」

「あいつがいねぇとつまんねぇよなぁ」


 俺の数少ない――と書いて少数精鋭と呼ぶ――友人ら、胆沢いさわ高田たかだの会話に救われる。特に胆沢とは中一からの付き合いで、親友といっても過言ではな。いかつい系の強面だが、根は真面目で勉強ができる。俺と同じく女子にはモテないが、いざという時はリーダーシップを発揮する頼れる男だ。


「前に見舞いに行った時はICUにいて会えなかったんだよな」

「なぁ、志伊良。お前、御伽と同じ病院だったんだろ? 何か聞いてないか?」


 まさか胆沢に話しかけられるとは思っていなかったので、内心ギクッとした。とりあえず「知らない。興味ないし」と志伊良っぽく肩をすくめて知らん顔を決め込む。胆沢とは付き合いが長いから、下手に長話すると、正体がバレそうで怖い。


「うわ、相変わらず冷めてんな」

「中学ん時は仲良かったのに、ひでー」


 友人らのブーイングが地味に胸に突き刺さる。


 俺だって俺の身体のことは心配だ。

 中身がタスクのまま死なれたらタスクの両親に顔向けできない。


 ――ってかうちの親、すぐに生命維持装置外したりしないよな?


 さすがにそこまで冷淡な親ではないと信じたい。


 ――帰りに病院寄って帰るか。


 問題はどうやって部活をサボるか、だが。

 しかし心配は杞憂に終わる。


 驚くことに、タスクはサッカー部を辞めていた。

 それも階段から落ちる前日に。特に理由はなく、一身上の都合だという。


 次期キャプテンと目されていた男が、なぜにと疑問に感じたが、俺にとってはどうでもいいことなので、ただラッキーとしか思わなかった。おかげで余計な詮索をされずに済む。


 


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